◆監修・編集責任者
B2B EC-COLUMN
この記事のポイント
- 賠償条項が無ければ、範囲は民法の原則(通常損害と予見すべき特別損害)で決まり、条項はそこからの上げ下げとして読む。
- 請求権の時効(知った時から5年・行使できる時から10年)と、請負の不適合通知の期限(知った時から1年)は別の物差しで、通知期限は準委任には当てはまらない。
- 消費者契約法8条による無効は消費者との契約に限られ、事業者間では故意・重過失の扱いを条項で明記しておくことが争いを減らす。
- 受注側と発注側では有利な向きが逆になり、再委託がある取引では上流と下流の契約の差を自社が抱えないよう並べて確認する。
- 契約で原則より重い責任を引き受けると保険の対象外になり得るため、署名前に保険会社へ確認し、請求を受けたら保険会社への連絡と相談先の確保を並行して進める。
目次

注文書・契約書の賠償条項で、まず何を請求され得るのか
取引先から届いた注文書や契約書案に「損害を賠償する」と書かれていて、納期が遅れたら、不具合が出たら自社がいくら負うのか読み切れない。
それでも押印の期限は迫っている、という場面です。
契約に何も書かれていなければ、賠償の範囲は民法の原則で決まります。
原則とは、通常生じる損害と、予見すべきだった特別な損害です。
賠償条項は、この原則から上限額・対象とする損害・請求できる期間・故意や重過失の扱いを上げ下げする調整です。
受注側か発注側かで有利な向きは逆になります。
契約で絞りきれない分は、保険の対象外と照らして備えます。
債務不履行と不法行為の違い
賠償を求められる筋道は、大きく二つに分かれます。
一つは契約の相手方に対する責任です。
債務の本旨に従った履行をしないとき、つまり約束した内容どおりに仕事を果たさなかったとき、相手方は損害賠償を請求できます1。
これを債務不履行といいます。
ただし、債務者の責めに帰することができない事由、つまり自社の落ち度とはいえない原因で履行できなかった場合は除かれます1。
もう一つは、契約の外にいる人に対する責任です。
故意または過失によって他人の権利や法律上保護される利益を侵害した者は、契約関係がなくても賠償責任を負います1。
これを不法行為といいます。
具体的な場面で考えてみます。
ウェブサイトの改修を受注した制作会社が、発注元から契約書案を受け取ったとします。
納品が遅れた、改修した機能が仕様どおりに動かない、といった問題は、発注元との契約上の約束が果たされていないので、債務不履行として発注元から請求され得ます。
一方、改修の不具合が原因で、発注元のサイトを利用した人にまで損害が生じた場合、その人と制作会社の間に契約はありません。
この場合は、契約の外の責任として問題になり得ます。
この区別が署名前の判断に関わるのは、契約書の賠償条項が調整できるのが、基本的に契約の当事者どうしの関係だからです。
条項で上限を決めても、契約を結んでいない人からの請求まで同じように抑えられるとは限りません。
契約書だけで自社の負担をすべて読み切れない理由の一つがここにあり、後で扱う保険の役割にもつながります。
通常損害と特別損害
次に、請求され得る損害の範囲です。
民法416条は、債務不履行による損害賠償は通常生ずべき損害の賠償をさせることを目的とし、特別の事情によって生じた損害も、当事者がその事情を予見すべきであったときは請求できると定めています1。
通常損害とは、その種類の契約違反があれば一般に生じると考えられる損害です。
特別損害は、相手方に固有の事情があって初めて生じる損害で、その事情を予見すべきだったかどうかで、賠償の対象に入るかどうかが分かれます。
どちらに当たるかは個別の事情で判断されるため、一律の線引きや金額の目安を示すことはできません。
改修の例で、判断が分かれやすい場面を置いてみます。
発注元が、改修後のサイトで大きな販売企画を予定していたとします。
納品が遅れて企画を延期した場合の影響が賠償の対象に入るかは、その予定を受注側が知っていたか、知るべきだったかによって扱いが変わり得ます。
ここから分かるのは、契約前後のやり取りそのものが、賠償の範囲に影響し得るということです。
打ち合わせの議事録や仕様書に販売企画の日程が書かれていれば、発注元は予見すべきだったと主張する材料を持つことになります。
受注側にとっては、聞いた事情が自社の責任の範囲を広げるかもしれないと意識しておくことが、条項を読む前提になります。
発注側にとっては逆に、自社に固有の事情を相手に伝えて記録に残しておくことが、後で回収できる範囲を確保する手段になります。
契約に書かなければ民法の原則になる
賠償条項が無い契約や、「損害を賠償する」とだけ書かれた契約では、ここまでの原則がそのまま範囲になります。
上限は無く、通常損害と、予見すべきだった特別損害が対象です。
賠償条項は、この原則からの上げ下げとして読めます。
受注側に有利な条項は、上限を置いたり対象を通常損害に限ったりして、原則より範囲を狭めます。
発注側に有利な条項は、原則では争いになりそうな損害を対象として明記するなどして、範囲を確保しようとします。
署名をためらう不安の多くは、「何が起きたら責任が生じるのか」と「どこまで負うのか」が一度に見えないことから来ています。
責任が生じる条件と損害の範囲を分けて読むと、条項のどの語句が原則を動かしているのかが見つけやすくなります。
たとえば「乙の責めに帰すべき事由により」は責任が生じる条件の話で、「直接かつ通常の損害に限り」は範囲の話です。
いつまで請求され得るのか:時効と請負の通知期間
債権の消滅時効
署名前に気になるのは金額だけではありません。
納品から何年たっても請求され得るのか、という期間の問題もあります。
民法166条は、債権は、債権者が権利を行使できることを知った時から5年間、または権利を行使できる時から10年間行使しないときに、時効によって消滅すると定めています2。
どちらかに当たれば消滅するため、実際には先に到来する方が区切りになります。
改修の例で考えます。
納品後しばらくして発注元が不具合に気づき、その原因が受注側の作業にあると分かれば、そこから5年の計算が始まります。
発注元が気づくのが遅れても、権利を行使できる時から10年がたてば、もう一方の期間で消滅します。
受注側から見ると、納品が終わっても数年単位で請求を受ける可能性が残る、ということです。
この期間は債権一般の原則です。
契約の外にいる人から不法行為を理由に請求される場合の期間は、この条文とは別に確認が必要です。
請負の不適合通知は1年
時効とは別に、請負契約には不具合を伝える期限があります。
民法637条により、注文者が目的物の種類や品質の不適合を知った時から1年以内にその旨を請負人へ通知しないと、注文者はその不適合を理由に、追完、報酬の減額、損害賠償、契約の解除を求めることができなくなります3。
不適合とは、納めたものが契約で決めた種類や品質に合っていない状態をいいます。
ただし、請負人が引渡しの時に不適合を知っていた場合や、重大な過失によって知らなかった場合には、この期間の制限は適用されません3。
不具合を承知のまま納品した受注側は、1年の区切りで守られないということです。
読み違えやすいのは、この1年が「通知」の期限であり、5年・10年の時効とは別の物差しだという点です。
1年以内に通知を受けていれば、請求する権利そのものは時効の期間の中で残ります。
受注側にとっての意味は「納品から1年たてば終わり」ではなく、「発注元が不適合を知ってから1年以内に通知が来なければ、その不適合を理由にした請求は受けにくくなる」というものです。
発注側から見ると、話は逆になります。
不具合に気づいた日から1年の計算が始まるので、気づいた時点で、日付の分かる形で受注側へ伝えておくことが、後の請求の前提になります。
電話で伝えただけで終わらせず、メールや書面で残しておく方が、通知した事実を後から示しやすくなります。
準委任・サービス提供では何が違うか
637条の通知期限は、請負契約の目的物の種類・品質の不適合に限った定めです3。
請負は成果物の完成を約束する契約です。
これに対し、作業や事務の遂行そのものを引き受ける準委任や、継続的なサービスの提供には、この1年の通知期限は当てはまりません。
同じ「開発」や「運用」という言葉でも、契約が成果物の完成を約束しているのか、作業の遂行を約束しているのかで、使える期限が変わります。
改修の例でいえば、決まった機能を作って納める部分は請負に近く、納品後の保守として不具合の調査や対応を続ける部分は準委任に近い、というように、一つの取引の中に性格の違う約束が混ざることもあります。
準委任型の契約で期間の区切りを付けたい場合、法律上の通知期限には頼れないため、契約で請求できる期間を定めるかどうかが論点になります。
また、請負型でも準委任型でも、契約で別の期間を定めた場合は、まずその定めが問題になります。
条項に書かれた期間と法律上の期間を並べて読み、どちらが自社にとって長いのか短いのかを把握しておくことが、次の節で扱う「契約で絞る」判断の土台になります。
賠償を契約で絞る:上限・対象範囲・期間と、絞れない場面
上限額・対象損害・請求期間の三点
原則と期間が見えたところで、条項が原則をどう動かしているかを読みます。
賠償条項が調整しているのは、主に次の三点です。
- 上限額:賠償の総額に天井を設けるか、何を基準に金額を決めるか
- 対象とする損害:通常損害に限るか、特別損害や付随して生じる費用まで含めるか
- 請求できる期間:納品や検収からいつまで請求を受け付けるか
上限額は、金額そのものではなく、「本契約に基づき受領した委託料の額を上限とする」のように基準で書かれることがあります。
この場合、基準となる額が何を指すかで天井の高さが変わります。
改修の委託料が着手時と納品時の分割払いなら、事故の時点で「受領した」額は契約全体の額より小さいかもしれません。
保守のような月額契約なら、直近の数か月分なのか、契約期間全体なのかで大きく違います。
基準額がいつの時点の、どの支払いを指すのかを読み取ることが、上限の実際の重さを知る近道です。
対象とする損害は、前の節で見た通常損害と特別損害の区別を、契約で言い直す部分です。
「直接かつ現実に生じた通常の損害に限る」とあれば、特別損害を外す方向の書き方です。
反対に「一切の損害」といった広い書き方は、原則より広い範囲を主張される余地を生みます。
請求できる期間は、5年・10年の時効や、請負の1年の通知期限と比べて読みます。
法律上の期間より短く区切る条項なのか、通知期限の無い準委任型の契約に新たな区切りを作る条項なのかで、同じ「1年」という記載でも意味が変わります。
消費者との契約では無効になる条項
契約で何でも決められるわけではありません。
消費者契約法8条は、消費者との契約で、事業者の債務不履行による賠償責任の全部を免除する条項や、事業者の故意または重大な過失による賠償責任の一部を免除する条項を無効としています4。
たとえば個人の消費者を相手にするサービスの利用規約で「当社は一切の責任を負いません」と定めても、その条項は効きません。
上限を設ける条項も、事業者の故意や重大な過失による場合まで上限で抑える形になっていれば、責任の一部を免除していることになり、その部分は無効とされます4。
一方で、この条文の対象は消費者契約に限られます4。
事業者どうしの注文や業務委託には直接適用されません。
事業者間の契約書を読むときに、「不利な免責条項があっても、消費者契約法で無効になるはずだ」と期待して署名することはできない、ということです。
自社が個人向けのサービスも提供している場合は、事業者向けの契約書と消費者向けの規約で、同じ書き方の免責条項が違う扱いになる点にも注意が要ります。
故意・重過失の扱いを条項で確認する
では事業者間の契約で、故意や重大な過失があった場合にも上限は効くのでしょうか。
ここは条文だけで一律に答えが出る問いではありません。
上限を置けば安全だとも、必ず無効になるとも言い切れない部分です。
だからこそ、条項の文言で扱いを決めておく意味があります。
受注側から見ると、上限条項に「故意または重大な過失による場合を除く」と書くかどうかは、上限がどこまで効くかの争いをあらかじめ減らす線引きになります。
発注側から見ると、例外が書かれていない上限条項は、重大なミスがあっても上限までしか回収できないと主張される入口になり得ます。
どちらの立場でも、例外の有無を相手と明示的に話し合い、決めた内容を条文に残しておくことが、後の解釈の争いを減らします。
自社にとってその一文の重みが判断できない場合は、契約書案のその箇所を示して弁護士に相談する事項として挙げておくのが現実的です。
| 調整される軸 | 条項で決める内容 | 読むときの比較相手 |
|---|---|---|
| 上限額 | 賠償総額の天井と基準となる額 | 条項が無ければ上限なし |
| 対象とする損害 | 通常損害・特別損害のどこまで含めるか | 民法416条の原則 |
| 請求できる期間 | いつまで請求を受け付けるか | 民法166条の5年・10年、請負は637条の1年 |
| 故意・重過失の扱い | 上限や除外の例外にするか | 消費者契約では一部免除の条項が無効 |
受注側と発注側で、見る条項はどう逆になるか
最初の分岐:自分は受注側か発注側か
同じ条項でも、受注側と発注側では読む向きが逆になります。
上限が低く、対象が狭く、期間が短い条項は、受注側にとっては負担を減らす条項です。
発注側にとっては、同じ条項が、損害を受けたときに回収できる範囲を狭める条項になります。
自社の立場が一つに決まらない取引もあります。
改修を受注した制作会社が、作業の一部を外部のエンジニアに再委託する場合、発注元との契約では受注側、再委託先との契約では発注側に立ちます。
このとき、発注元に対して負う責任の範囲が、再委託先から回収できる範囲より広いと、その差の部分は制作会社が自社で抱えることになります。
たとえば発注元との契約では上限が無く、再委託先との契約では上限が委託料までと決まっていれば、再委託先の作業が原因の事故でも、上限を超えた分は制作会社が負担することになりかねません。
立場が二重になる取引では、上流と下流の二つの契約書を並べ、上限額・対象・期間がそれぞれどう対応しているかを見ることが、最初の確認になります。
立場別の確認条項の表
共通の軸で、それぞれの立場が条項に求める向きを並べると次のようになります。
これは民法の原則からの上げ下げを、編集部が立場ごとに整理したものです。
公的なひな形が推奨する内容を示したものではありません。
表の中で判断が分かれやすいのは、上限額と故意・重過失の扱いの組み合わせです。
受注側が上限を受け入れてもらう代わりに、故意・重過失の場合は上限の例外とすることを認める、というように、一つの軸だけで決着させず、軸どうしを交換条件にして調整する余地があります。
請求期間を短くしてもらう代わりに、対象とする損害は通常損害に限らず広めに認める、といった組み合わせも考えられます。
対象とする損害の軸では、条項の文言だけでなく、契約前のやり取りも効いてきます。
発注側が特別損害も対象に含めたいなら、その損害が生じる特別な事情を契約前に受注側へ伝え、記録に残しておくことが、予見すべきだったと言える材料になります。
最初の節で置いた販売企画の日程の例が、まさにこの場面です。
取適法が適用される取引の注意点
発注側には、契約で決めた内容とは別に、法律上の制約がかかる場合があります。
その一つが取適法です。
公正取引委員会のQ&Aによると、資本金3億円を超える事業者が資本金3億円以下の事業者へ委託する場合や、常時使用する従業員が300人を超える事業者が300人以下の事業者へ委託する場合に適用されます5。
対象は情報成果物作成委託や役務提供委託などの類型で、取引の類型と規模の基準の両方を満たすかで判断します5。
賠償に関わってくるのは、やり直しの費用です。
受託側の責任による不適合であれば、発注側は費用を負担せずにやり直しを求められますが、それ以外の理由によるやり直しは協議が必要とされています5。
発注側の都合で仕様を変えたのに、賠償条項や修補の条項を根拠に、協議なしで受注側の負担でやり直させる運用は、このQ&Aの整理と合いません。
受注側から見れば、この取引に当たるかどうかで、やり直しの費用を誰が持つかの出発点が変わります。
自社と発注元の資本金・従業員数、委託の類型を確かめ、当たる場合は「受託側の責任による不適合かどうか」が争点になります。
やり直しの依頼を受けた時点で、どの仕様に対するどの不具合なのか、仕様変更の指示があったのかを記録しておくと、協議の材料になります。
適用の条件を満たさない取引には、この制約はかかりません。
| 確認する軸 | 受注側が望む向き | 発注側が望む向き |
|---|---|---|
| 上限額 | 委託料などを基準に天井を設ける | 上限を置かない、または損害に見合う額にする |
| 対象とする損害 | 通常損害に限る | 予見できた特別損害も対象に含める |
| 請求期間 | 納品・検収から短く区切る | 法律上の期間に近い長さを確保する |
| 故意・重過失の扱い | 例外の範囲を限定して明記する | 上限や除外の例外として明記する |
契約で抑えきれない分を保険で備える:対象と対象外
補償される事故
契約で上限や対象を絞っても、責任がゼロになるわけではありません。
上限の範囲内で負う賠償、契約の外にいる人からの請求、故意・重過失の例外として上限が外れる場面など、残る部分があります。
この残りに備える手段が賠償責任保険です。
ここでは一つの商品を例に、補償の範囲と対象外の考え方を見ます。
AIG損害保険のIT事業者向け業務過誤賠償責任保険は、ITサービスのミスによって第三者に経済的な損害が生じ、賠償請求を受けた場合の法律上の賠償責任を補償するとしています7。
ここで目を留めたいのは「法律上の賠償責任」という言い方です。
保険が受けるのは法律上負うべき責任であり、当事者が契約で約束した内容がそのまま補償の範囲になるわけではない、という考え方が読み取れます。
前の節までで、契約条項は民法の原則からの上げ下げだと見てきました。
保険はその原則の側を基準にしている、と捉えると、次に見る対象外の意味が分かりやすくなります。
なお、これは一社の一商品の説明です。
他社の商品や別の種目の保険では、補償の範囲や対象外の定めが異なる可能性があります7。
この商品の条件を、賠償責任保険一般の標準として読むことはできません。
対象外になる主な場合
同じ商品の説明では、次のような場合が対象外とされています7。
- 故意や犯罪行為による損害
- 特約を付けていない場合の知的財産権の侵害
- 契約によって加重された責任
- 特約を付けていない場合のサイバー攻撃による損害
改修の例に当てはめてみます。
納品したプログラムや画像が他社の権利を侵害していると主張された場合や、改修したサイトが外部からの攻撃を受けて情報が漏れた場合は、特約を付けているかどうかで扱いが変わります。
どちらも、制作や開発の仕事では起こり得ない事故とは言えません。
自社の業務で起こり得る事故を書き出し、一つずつ対象外の項目と照らすと、どこが手薄かが見えてきます。
納期遅れ、仕様と違う成果物、他社の権利の侵害、外部からの攻撃というように、契約書の賠償条項で想定している事故と同じ並びで書き出すと、契約と保険の対応が取りやすくなります。
保険金が支払われる際に自己負担となる金額や、いつの請求・事故が対象になるかといった仕組みは、商品の概要だけでは判断できないため、約款や保険会社の説明で確かめる必要があります。
契約で加重した責任と保険の関係
契約と保険が最もぶつかりやすいのが、契約によって加重された責任です。
この商品では対象外とされています7。
どの条項が加重に当たるかの線引きは約款や個別の判断によりますが、契約で法律上の原則より重い責任を引き受けると、その分は保険で受けられない可能性がある、と考えておくのが安全です。
たとえば発注元から「受注者は本件に関して生じた一切の損害を賠償する」「賠償額の上限を設けない」といった条項を求められ、制作会社がそのまま署名したとします。
事故が起きたとき、法律上の責任を超えて契約で約束した部分があると、その部分は保険で受けられず、自己負担になるおそれがあります。
受注側が保険に入っているから大丈夫だと考えて重い条項を受け入れると、まさにその条項が保険の外に出てしまう、という食い違いが起こり得るわけです。
契約は保険を前提に交渉し、保険は契約を前提に選ぶ。
この往復が要るのは、どちらか一方だけを見て判断すると、二つの間にすき間が残るからです。
署名前に、引き受けようとしている条項が保険の対象外に当たるかを保険会社へ確認しておくと、すき間を契約交渉の段階で埋める手がかりになります。
対象外に当たると分かれば、条項の修正を求めるか、特約を検討するか、残る分を自社で負う前提で引き受けるかを、署名前に選べます。
署名前の確認手順と、請求を受けたときの初動
署名前の確認順
ここまでの確認を、契約書案を手元に置いて進める順番に並べ直します。
- 自社の立場を決める:この契約で受注側か発注側か。
再委託があれば上流と下流の両方の契約を並べる - 契約の性格を見る:成果物の完成を約束する請負型か、作業の遂行を約束する準委任型か
- 賠償条項を読む:上限額・対象とする損害・請求できる期間・故意や重過失の扱いを、民法の原則と比べる
- 取適法の適用を確かめる:資本金・従業員数と委託の類型が基準に当たるか
- 保険と照らす:引き受ける責任が、加入している保険の対象外に当たらないか
この順番には理由があります。
立場と契約の性格が決まらないと、同じ条項が有利か不利かも、法律上のどの期間が関係するかも決まらないからです。
保険の照合を最後に置くのは、条項の読み取りが終わって初めて、保険と重なる部分とはみ出す部分が分かるためです。
修正を求める基準
読み終えた条項のうち、どれを修正の候補にするか。
目安になるのは、条項が民法の原則からどちらへ動いているかと、その動きが自社で負える範囲に収まっているかです。
受注側であれば、上限が無い条項や、対象が原則より広く読める書き方の条項は、保険で受けられない加重部分を生むおそれがあるため、修正の候補になります。
準委任型の契約で請求できる期間の定めが無ければ、時効の期間まで請求を受け得る状態が続きます。
再委託先との契約より発注元との契約の方が責任が重い場合は、その差を縮めるために、上流と下流のどちらの条項を動かすかを考えます。
発注側であれば、上限が委託料に比べて極端に低い条項や、対象が通常損害に限られているのに自社に固有の事情を相手に伝えていない状態が、見直しの候補です。
特別な事情を契約前に伝えて記録に残しておけば、条項を変えなくても、回収できる範囲の見通しが変わる場合があります。
修正を求めるときは、条項の削除を求めるより、軸どうしを交換する提案の方が話がまとまりやすい場面があります。
上限を受け入れる代わりに故意・重過失を例外にする、期間を短くする代わりに対象を広げる、といった組み合わせです。
相手にとっても失うものと得るものが見えるため、条項を丸ごと受け入れるか拒むかの二択より、検討してもらいやすくなります。
請求を受けたら:保険会社と相談窓口
実際に請求を受けた場合は、保険会社への連絡と、相談先の確保を並行して進めることを勧めます。
保険に加入しているなら、請求を受けた段階で速やかに保険会社へ連絡します。
連絡の期限や手続きは約款で定められているため、具体的な日数は自社が加入している保険の約款で確かめてください。
相手方との話し合いを先に進めてから連絡すると、保険の手続きとの調整が難しくなるおそれがあります。
並行して、契約書、仕様書、打ち合わせの記録、納品や検収の日付、不具合の連絡を受けた日とその内容を手元にそろえます。
損害の範囲が予見できたか、通知が期限内か、上限や対象の条項に当たるかといった、ここまで見てきた論点は、どれもこうした記録で判断されるからです。
相手に謝罪や支払いの約束をするかどうかは、慎重に判断します。
事実の確認が済む前に責任の範囲や金額を約束すると、契約で決めた上限や対象と食い違ったり、保険で受けられない部分を自ら引き受けたりすることになりかねないためです。
不具合が起きたことへのお詫びと、賠償責任を認めることは分けて考え、責任や金額については確認が済んでから回答する、という線引きが現実的です。
取引上の相談先としては、全国中小企業振興機関協会が案内している「取引かけこみ寺」があります6。
相談は無料で秘密が守られ、匿名でも相談でき、相談員または弁護士が助言します6。
電話、オンライン、対面のいずれにも対応しており、2026年に「下請かけこみ寺」から現在の名称に変わりました6。
対象は中小企業や小規模事業者、フリーランスなどの取引上の相談のため、大企業の立場での相談は対象にならない可能性があります。
賠償条項の読み取りは、契約書だけでなく、受注から納品、再委託までの取引の流れと合わせて見ないと、どこで責任の差が生じるかが見えにくい作業です。
相談では、自社の受注・発注の流れのどの場面で賠償の論点が生じるかを整理し、弁護士や保険会社に確認すべき項目を絞り込めます。無料相談で要件を整理する
要点の整理
| 損害の範囲 | 条項が無ければ通常損害と、予見すべきだった特別損害 |
|---|---|
| 請求され得る期間 | 時効は知った時から5年・行使できる時から10年、請負の不適合通知は知った時から1年 |
| 条項の読み方 | 上限額・対象とする損害・請求できる期間・故意重過失の扱いを原則と比べる |
| 立場の違い | 受注側は狭く短く、発注側は広く長くを望む。再委託では上流と下流を並べる |
| 消費者との契約 | 全部免除と、故意・重過失による一部免除の条項は無効 |
| 取適法 | 受託側の責任による不適合のみ費用負担なしでやり直しを求められる |
| 保険 | 契約で加重した責任は対象外となる商品がある。署名前に保険会社へ確認 |
上流と下流の契約、加入している保険の対象外を一度に並べて照らす作業は、署名の期限が迫るなかで一人で進めると見落としが残りやすくなります。 相談では、取引ごとに確認すべき条項と記録の残し方を整理し、署名前と事故後それぞれで何を準備しておくかを確かめられます。
よくある質問
事業者間の契約でも賠償額の上限は有効ですか。
消費者契約法8条は、全部免除の条項や故意・重過失による一部免除の条項を無効としていますが、対象は消費者との契約に限られ、事業者間の取引には直接適用されません。
事業者間で上限を置くこと自体は契約で取り決める事項です。
ただし、故意や重大な過失があった場合にまで上限が効くかは一律には言えないため、条項に例外を設けるかを相手と話し合い、決めた内容を条文に明記しておくことが争いを減らします。
準委任契約と請負契約で、賠償の考え方は変わりますか。
約束どおりに履行しなかったときに賠償責任が生じる点と、範囲が通常損害と予見すべき特別損害を原則とする点は共通です。
違いが出るのは期間で、不適合を知った時から1年以内に通知しないと請求できなくなる民法637条の定めは、請負契約の目的物の種類・品質の不適合に限られます。
準委任型では法律上この通知期限が無いため、請求できる期間を契約で定めるかが論点になります。
取適法が適用される取引で、やり直しの費用は誰が持ちますか。
公正取引委員会のQ&Aでは、受託側の責任による不適合であれば、発注側は費用を負担せずにやり直しを求められるとされ、それ以外の理由によるやり直しは協議が必要とされています。
発注側の仕様変更などが原因なら、協議なしに受注側の負担とすることはできません。
適用されるのは、取引の類型と資本金・従業員数の基準を満たす取引に限られます。
賠償責任保険は、契約で引き受けた賠償額の全額を払ってくれますか。
そうとは限りません。
例として挙げたAIGのIT事業者向け業務過誤賠償責任保険は法律上の賠償責任を補償するとし、契約によって加重された責任や故意・犯罪などを対象外としています。
契約で原則より重い責任を引き受けた部分は、保険で受けられない可能性があります。
自己負担となる金額などの条件は商品ごとに異なるため、約款や保険会社の説明で確かめてください。
請求を受けたとき、相手に謝罪や支払いの約束をしてよいですか。
不具合が起きたことへのお詫びと、賠償責任や金額を認めることは分けて考えるのが安全です。
事実の確認前に責任の範囲や金額を約束すると、契約の上限や対象と食い違ったり、保険で受けられない部分を引き受けたりするおそれがあります。
まず保険会社へ連絡し、記録をそろえたうえで、必要に応じて相談窓口や弁護士に助言を求めてから回答してください。
- 1 出典:デジタル庁(e-Gov法令検索)「民法 第415条・第416条・第709条」(2026年)
- 2 出典:デジタル庁(e-Gov法令検索)「民法 第166条(債権等の消滅時効)」(2026年)
- 3 出典:デジタル庁(e-Gov法令検索)「民法 第637条(請負の担保責任の期間の制限)」(2026年)
- 4 出典:デジタル庁(e-Gov法令検索)「消費者契約法 第8条」(2026年)
- 5 出典:公正取引委員会「よくある質問コーナー(取適法)」(2026年)
- 6 出典:公益財団法人 全国中小企業振興機関協会「取引かけこみ寺事業」(2026年)
- 7 出典:AIG損害保険株式会社「IT事業者向け業務過誤賠償責任保険」(2026年)
画像の出典元
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