◆監修・編集責任者
B2B EC-COLUMN
この記事のポイント
- 兆候だけでは出荷を止める法的な理由になりにくく、支払期日を過ぎた未払いの有無と契約条項の有無が分かれ目になる。
- 最初に打つ手は、前払いへの切り替えや与信枠の縮小などの条件変更。出荷停止や解除は根拠がそろってから選ぶ。
- 不安の抗弁は民法に明文の規定が見当たらないため、期日前の信用不安で止めたいなら、出荷停止・期限の利益喪失・解除の条項を基本契約に入れておく。
- 止めると決めたら、社内承認、判断理由、通知の控え、停止日と入金日を記録する。停止日は貸倒れの税務処理の起点にも関わる。
- 既存の売掛金は、先取特権、担保・保証、倒産防止共済、取引停止などから1年以上経過した後の貸倒れ処理を、条件と限界を見ながら組み合わせて守る。
目次

得意先のリスクで出荷を止めるか迷ったとき、先に確認する3点
得意先の入金が期日を過ぎても、次の注文はいつも通り届いている。
止めれば契約違反を言われそうで、出し続ければ未回収の売掛金が膨らんでいく。
この迷いは、兆候の強さ、未回収残高と与信枠、契約書の条項の三つに分けると整理できます。
最初に打つ手は、前払いへの切り替えや与信枠の縮小といった条件変更です。
支払期日を過ぎた未払いがあれば、同時履行の抗弁が出荷を止める根拠になり得ます。
期日前の信用不安だけで止めるなら、契約条項が頼りです。
止める前に、すでにある売掛金の守り方も決めておきます。
兆候の強さ
同じ「危ない得意先」でも、耳に入った噂と、期日を過ぎた未払いとでは重さが違います。
噂は、相手の社内で何かが起きている可能性を示すにとどまります。
未払いは、約束した支払いが実際に果たされていないという事実です。
出荷を止めるかどうかを考えるときは、まず手元の材料が「状況の変化」なのか「支払いの不履行」なのかを分けます。
たとえば、月末締め・翌月末払いで取引している得意先から、先月分の代金が期日を過ぎても入金されず、今週も新しい注文が届いているとします。
営業担当者が「最近は社長がつかまらない」と聞いていたとしても、判断の中心になるのは入金がないという事実です。
噂や印象は見直しのきっかけにはなりますが、それだけでは取引を止める法的な裏付けになりにくいからです。
この違いが、後で説明する「止める根拠」の分かれ目に直結します。
未回収残高と与信枠
次に、いま止めなかった場合にいくらが危険にさらされるかを数えます。
出荷済みで入金を待っている売掛金に、これから出荷する予定の分を足した額が、得意先に何かあったときに回収できなくなるおそれのある金額です。
受注が続くほどこの額は積み上がります。
支払いサイトが長いと、入金を確認する前に次の出荷が進みます。
その額を、得意先ごとに決めている与信枠と比べます。
与信枠とは、その得意先に対して売掛金をいくらまで持つかという上限のことです。
中小企業基盤整備機構は、与信限度額を取引の内容、信用状況、取引実績、自社が貸し倒れを負担できる力を総合して決めるものとし、回収期間が長い取引や扱い慣れない商品の取引は慎重に判断するよう解説しています3。
与信枠を決めていない場合でも、「この得意先が払えなくなったら自社はいくらまで耐えられるか」を一度数字にしておくと役立ちます。
出荷を続けるかどうかの社内の議論が、営業と経理の感覚の言い合いになりにくくなります。
契約書の条項
三つ目は、得意先と交わした基本契約書や取引条件書に、出荷を止める、支払期限を前倒しにする、契約を解除するといった条項があるかどうかです。
条項があれば、止める根拠はまずその条項になります。
注文書と請書だけで回している取引のように条項が無い場合は、民法の一般的なルールに頼ることになり、止められる場面が狭くなります。
三点を並べると、兆候だけでは出荷を止める法的な理由になりにくいことが分かります。
分かれ目になるのは、期日を過ぎた未払いがあるかどうかと、契約条項の有無です。
ただし、この整理で個々の事案の結論まで決まるわけではありません。
止めた判断が後で争われたときにどう評価されるかは、契約の文言や取引の経緯によって変わります。
▼ 図の内容を文字で読む
- 兆候の強さ
- 噂や印象などの状況の変化か
- 期日を過ぎた未払いか
- 未回収残高と与信枠
- 出荷済みで入金待ちの売掛金
- これから出荷する予定の分
- 得意先ごとの与信枠との比較
- 契約書の条項
- 出荷を止める条項
- 支払期限を前倒しにする条項
- 契約を解除する条項
出荷停止を検討すべき得意先の兆候と、与信を見直すきっかけ
取引先の状況に表れる兆候
中小企業基盤整備機構は、取引先の経営悪化の予兆として、経営者が不在がちになる、役員や経理担当者が退職する、資産を売却する、といった変化を挙げています3。
これらは支払いが止まる前に表れることがあり、営業担当者の訪問や電話の中で気づきやすい種類の兆候です。
経理担当者が辞めたと聞いたなら、次の支払予定日に入金されるかを確かめる理由になります。
代わりの窓口が誰になるのかも、あわせて確認しておけます。
同機構は、こうした予兆に気づいたら状況を確認し、情報交換を行うことを勧めています3。
そのうえで、場合によっては出荷停止などの措置も検討するとしています3。
ここで言われているのは「検討する」であり、兆候を見つけたらすぐ止めるという意味ではありません。
状況の兆候は、未回収残高がまだ増えていない段階で手を打つ時間をくれる情報だと捉えると扱いやすくなります。
支払状況に表れる兆候
同じ資料は、支払い条件の見直しを求められることと、支払いが遅れることも予兆に挙げています3。
支払日を延ばしてほしい、分割にしてほしいといった申し出は、受け入れれば自社が持つ売掛金の期間と額がそのまま増えます。
支払遅延はさらに進んだ段階で、未回収の額がすでに増えていることを意味します。
与信管理サービスを提供するリスクモンスターは、支払遅延が生じたときや、業績悪化・貸倒れなどの信用不安の兆候があるときは、与信限度を縮小するとしています2。
一方で、限度を超える残高が出た場合については増額を検討するとしています2。
限度超過は、取引が順調に伸びた結果として起きることもあるからです。
超過した得意先の入金がきちんと続いているなら枠を広げる理由になり、遅れが混じっているなら出荷を抑える理由になります。
同じ超過でも、回収の状況を照らし合わせて向きを決めます。
自社の未回収額への影響で並べると、状況の兆候、支払条件の見直し要求、支払遅延の順に重くなると考えられます。
状況の兆候の段階では情報を集める余裕があります。
見直し要求の段階では、応じるかどうかが将来の未回収額を左右します。
遅延の段階では、すでに膨らんだ残高をどう止めるかが問題になります。
この並びは編集上の整理であり、業種や取引規模によって、どの段階でどの手段に進むかの線は変わります。
見直しの頻度
兆候を拾うためには、与信枠を決めたままにせず、定期的に見直す仕組みも必要です。
リスクモンスターは、大口取引先や要注意先の与信限度は年2回見直すなど、管理レベルを上げることが好ましいとしています2。
これは同社が示す目安で、法令上の基準ではありません。
定期の見直しは、気づかないうちに状況が変わっていた得意先を拾うための網です。
支払遅延が起きた得意先は、次の定期見直しを待たずに枠を縮める対象になります。
冒頭の例のように先月分の入金が止まっているなら、その時点で臨時の見直しに入ってよい場面です。
▼ 図の内容を文字で読む
- 状況の兆候
- 経営者の不在がち、役員や経理担当者の退職
- 情報を集める余裕がある
- 支払条件の見直し要求
- 応じるかどうかが将来の未回収額を左右する
- 受け入れると売掛金の期間と額が増える
- 支払遅延
- 未回収の額がすでに増えている
- 膨らんだ残高をどう止めるかが問題になる
継続・条件変更・出荷停止・解除の選び方
4手段の比較
兆候をつかんだ後に取れる手段は、取引をそのまま続ける、条件を変える、出荷を一時的に止める、契約を解除する、の4つに分けられます。
どれを選ぶかは、何を止められるか、自社に何の負担が残るか、何を根拠に行うか、相手にどう響くかで比べると違いが見えます。
表で判断が分かれるのは「必要な根拠」の列です。
条件変更は相手が合意すれば足ります。
出荷停止と解除は、自社だけの判断で行う分、根拠が欠けていれば自社の側が責任を問われる立場に回ります。
だからこそ、根拠が要らない条件変更から試すのが順当です。
相手が条件変更を拒んだこと自体も、次の判断の材料になります。
出荷停止と解除の違いも押さえておきます。
出荷停止は契約を残したまま一時的に供給を止めるもので、未払いが解消されれば再開できます。
解除は契約関係そのものを終わらせるもので、取り消して元に戻すことは想定しにくい手段です。
得意先との取引を続けたい気持ちが少しでも残るなら、まず停止と再開条件の提示で様子を見る方が選択の幅を残せます。
条件変更の中身
条件変更として考えられるのは、前払いへの切り替え、与信枠の縮小、担保や保証の取り付けなどです。
リスクモンスターも、支払遅延や信用不安があるときは与信限度を縮小するとしています2。
冒頭の例に当てはめると、選択肢は二つあります。
一つは、今週届いた注文は入金を確認してから出荷すると伝える方法です。
もう一つは、先月分が入金されるまで出荷できる上限を引き下げる方法です。
前者は新たな未回収をほぼ生まず、後者は取引の量を絞りながら関係を続けられます。
どちらも相手の合意が前提なので、申し入れの際は、なぜ条件を変えるのか、どうなれば元に戻すのかを具体的に伝えておくと話が進めやすくなります。
担保や保証は、すでにある売掛金を守る手段にもなります。
ただし、取り付けると税務上の扱いが変わる面があるため、その点は後の売掛金の保全の節で触れます。
催告解除と無催告解除
条件変更も停止も効かず、取引を終わらせる判断に進む場合は、解除の要件を確かめます。
民法541条は、相手に債務不履行があるとき、相当の期間を定めて履行を催告し、その期間内に履行がなければ解除できると定めています5。
ただし、不履行が契約や取引上の社会通念に照らして軽微なときは解除できません5。
例でいえば、先月分の代金について、期限を区切って支払いを求める催告をする。
その期限を過ぎても払われなければ、解除に進める、という順番です。
どれくらいの期間が「相当」か、どの程度の遅れが「軽微」かは、取引の内容や金額、それまでの経緯で判断されるため、一律の日数や金額では決まりません。
民法542条は、催告をしなくても解除できる場面を定めています5。
相手が履行を拒む意思をはっきり示したときや、催告しても契約の目的を達するだけの履行が見込めないことが明らかなときなどです5。
ただ、「明らか」と言えるかの判断を誤ると、解除そのものの効力が争われます。
手順を省く判断は、弁護士に相談したうえで行う方が安全です。
| 手段 | 効果 | 自社の負担 | 必要な根拠 | 相手への影響 |
|---|---|---|---|---|
| 継続 | 取引関係を保てる | 未回収残高が増え続けるおそれ | 特になし | 変化なし |
| 条件変更 | 新たな未回収の発生を抑える | 交渉の手間と売上が減る可能性 | 相手の合意 | 支払方法や取引の上限が変わる |
| 出荷停止 | 未回収残高の増加を止める | 停止が不当とされた場合の責任 | 期日を過ぎた未払いか契約の停止条項 | 商品が届かず得意先の営業に響く |
| 解除 | 以後の供給義務から外れる | 要件を欠くと解除の効力が争われる | 民法541条・542条の要件か契約の解除条項 | 取引関係が終わる |
▼ 図の内容を文字で読む
- 継続
- 未回収残高が増え続けるおそれ
- 条件変更
- 相手が合意すれば足りる
- 前払いへの切り替え、与信枠の縮小
- 出荷停止
- 期日を過ぎた未払い、または契約の停止条項
- 契約は残り、未払いが解消されれば再開できる
- 解除
- 相当の期間を定めて催告し、履行がないとき
- 軽微な不履行では解除できない
契約書の条項がある場合と無い場合で、出荷を止めたときのリスクはどう違うか
同時履行の抗弁が使える範囲
契約書に停止の条項が無い場合に、まず頼ることになるのが同時履行の抗弁です。
民法533条は、売買のように双方が義務を負う契約(双務契約)の当事者は、相手が自分の債務の履行を提供するまで、自分の債務の履行を拒めると定めています4。
ただし、相手の債務が弁済期にないときは除かれます4。
つまり、代金の支払期日がすでに来ていて払われていないことが前提です。
先月分の支払期日を過ぎた未払いがある例の場合は、この抗弁が出荷を止める根拠の候補になります。
反対に、支払期日がまだ来ていない段階では、どれほど信用不安の話があっても、この条文は使えません。
もう一つ注意したいのは、継続的な取引では、先月分の代金と今週の出荷が別々の注文として成り立っていることです。
前回分の未払いを理由に今回の出荷を拒めるかは、両者を一つの契約の対価関係として扱えるかにかかります。
それは基本契約の作り方や取引の組み立てによって議論が分かれる余地があります。
ここでも、契約条項の有無が判断を左右します。
不安の抗弁の位置づけ
支払期日の前に、得意先の経営が危ういと分かった場合はどうでしょうか。
このとき、相手の財産状態が悪化して代金を払ってもらえない危険があることを理由に、自分の履行を拒めるとする考え方を「不安の抗弁」と呼びます。
法制審議会の民法(債権関係)部会では、不安の抗弁権について、明文化の要否、要件、効果が検討事項とされました7。
現行の民法に、これを正面から定めた規定は見当たりません。
そのため、どんな事情があれば認められるのか、どこまで履行を拒めるのかが条文から読み取れません。
契約条項が無いまま信用不安だけを理由に出荷を止めると、得意先から出荷義務の不履行を主張されるリスクが残ります。
信用不安の段階で止めたい場合に頼りになるのは、あらかじめ契約に書いておいた条項です。
期日前に止めたい事情がすでにあるなら、条項の有無を確かめたうえで、止めるかどうかを弁護士と相談する価値があります。
基本契約に入れたい条項
これから取引を始める得意先や、契約を更新する得意先とは、次のような条項を基本契約に入れておくことを検討します。
いずれも実務上の提案で、具体的な文言は取引の内容に合わせて弁護士と詰める必要があります。
- 出荷停止の条項:支払遅延や信用不安の事由があるとき、売り手が出荷を停止できること、停止しても責任を負わないことを定める。
- 期限の利益喪失の条項:一定の事由があれば、まだ支払期日が来ていない代金も直ちに支払わなければならないと定める。
- 解除の条項:一定の事由があれば、催告なしに契約を解除できると定める。
期限の利益とは、支払期日までは支払わなくてよいという、買い手側の利益のことです。
民法137条は、債務者が破産手続開始の決定を受けたときなどは期限の利益を主張できないと定めています6。
ただ、これは法律が定める限られた場面です。
支払遅延や差押え、倒産手続の申立てといった、もっと早い段階の事由で期限の利益を失わせたいなら、契約に書いておく必要があります。
条項に挙げる信用不安の事由は、具体的に列挙しておくと、止めるかどうかの判断がぶれにくくなります。
「信用状態が悪化したとき」とだけ書くと、それに当たるかどうかで争いになります。
支払期日に支払いがなかったときのように、事実として確かめられる形で書くのが望ましいところです。
▼ 図の内容を文字で読む
- 支払期日を過ぎた未払いがあるか:あれば同時履行の抗弁が根拠の候補になる
- 契約に出荷停止や期限の利益喪失の条項があるか:あれば条項に定めた事由に沿って止める
- どちらも無く信用不安だけがある:不安の抗弁は民法に明文が見当たらず、出荷義務の不履行を主張されるリスクが残る
- 止める前に弁護士へ相談する:条項の文言と事実関係を照らして判断する
出荷停止を決めたときの通知・記録・社内承認
社内承認と記録
出荷を止めると決めたら、得意先へ伝える前に、社内で誰が決めたのかをはっきりさせておきます。
営業担当者は得意先との関係を守りたく、経理担当者は未回収を増やしたくない、というように、部署によって見えているリスクが違うからです。
停止と再開の判断を誰が承認するかを決めておけば、現場の担当者が一人で判断を背負わずに済みます。
承認の基準として、未回収残高が与信枠を超えたとき、支払期日を一定日数過ぎたときなどを社内で決めておく方法もあります。
記録として残しておきたいのは、次のようなものです。
入金予定と実際の入金の履歴、督促した日と相手の回答、把握した兆候の内容と情報の出所、停止を決めた理由と承認者、通知の控えと送付の記録です。
後で得意先から停止の正当性を問われたとき、いつ、何を根拠に判断したかを示す材料になります。
停止した日付は、税務上の扱いにも関わります。
後の節で触れる貸倒れの扱いでは、取引を停止した時点が期間の起点の一つになるためです。
受注システムで出荷を止めた日と、通知を送った日がずれることもあるので、どの日を「停止した日」とするかを社内で決めておきます。
通知書の記載事項
得意先への通知では、相手が「なぜ止まったのか」「どうすれば再開されるのか」を読み違えないことが大切です。
記載する事項として、次の4点を提案します。
- 出荷を停止する理由:支払期日を過ぎた代金が未払いであること、または契約の何条に定める事由に当たること。
- 未払いの額と対象:どの期間・どの請求分が未払いか。
- 支払いを求める期限:いつまでに支払えばよいか。
- 再開の条件:未払い分の入金確認後に再開する、以後は前払いとするなど。
再開の条件まで書いておくと、相手にとっては取引を立て直す道筋が見えます。
自社にとっても、部分的な入金があったときに再開してよいかを判断する基準になります。
契約書に通知の方法が定められていればそれに従います。
定めが無い場合も、送った内容と相手に届いた日を後から示せる方法を選んでおくと、言った言わないの争いを減らせます。
どの送付方法を使うべきか、文面に法的な効果を持たせるべきかは、弁護士と相談して決めます。
▼ 図の内容を文字で読む
- 社内承認:停止と再開を判断する人を決めて承認を得る
- 記録の整理:入金履歴、督促の日と回答、兆候、判断理由
- 通知書の作成:停止の理由、未払いの額、支払期限、再開の条件
- 送付と控えの保存:送った内容と届いた日を示せる形で残す
出荷停止後、すでにある売掛金をどう守り回収するか
先取特権
出荷を止めれば、未回収の額がそれ以上増えることは防げます。
しかし、すでに出荷した分の売掛金は残ったままです。
この残高を守る手段を、使える条件と限界をあわせて見ていきます。
まず、法律が自動的に与えている担保として、動産売買の先取特権があります。
民法321条は、動産を売った人は、その代金と利息について、売った動産そのものの上に先取特権を持つと定めています6。
先取特権とは、特定の財産から他の債権者より先に支払いを受けられる権利のことです。
自社が納めた商品が得意先の倉庫にまだ残っていれば、その商品から代金を回収できる可能性があります。
ただし、対象はあくまで売った動産そのものです。
得意先が商品を転売したり、加工して別の製品にしたりすると、追いかけることは難しくなります。
転売の代金に及ぶかどうかや、他の債権者との優劣は別の要件で決まり、得意先が倒産手続に入った後の扱いには見解が分かれる面もあります。
商品が手元から離れる前に動けるかどうかが効いてくるため、使えそうな場面では早めに弁護士へ相談します。
担保・保証
条件変更の交渉の中で、得意先やその代表者から担保や保証を得られれば、既存の売掛金の回収に充てる手段が増えます。
出荷を再開する条件として担保の提供を求める形もあります。
一方で、担保を取ると税務上の扱いが変わります。
次に説明する、取引停止から1年以上経過した売掛金を貸倒れとする扱いは、担保物がある債権には使えません1。
担保を取るかどうかは、回収の見込みと税務の扱いの両方を比べて決めます。
倒産防止共済
得意先が倒産した場合に、自社の資金繰りを支える備えとして、中小企業倒産防止共済(経営セーフティ共済)があります。
中小企業基盤整備機構によると、取引先の倒産で回収が難しい売掛債権が生じたとき、8,000万円まで無利子で借り入れられます3。
これは売掛金そのものを補償する仕組みではなく、借り入れです。
得意先からの回収が止まった期間を、自社の資金で埋めるための手段と考えると位置づけが分かりやすくなります。
加入の条件や、貸付を受けるための条件は、中小企業基盤整備機構の最新の案内で確かめる必要があります。
得意先の兆候に気づいてから加入しても間に合うとは限らないため、平時の備えとして検討するものです。
貸倒れの税務処理
回収の努力を続けても払われない売掛金は、税務上の貸倒れとして処理できる場合があります。
国税庁によると、継続的に取引していた得意先の資産状況や支払能力が悪化して取引を停止した場合が対象です。
取引を停止した時と最後の弁済の時などのうち最も遅い時から1年以上経過すれば、売掛債権の額から備忘価額を控除した残額を、貸倒れとして損金経理できます1。
備忘価額とは、帳簿から債権の記録が消えないように残しておく1円などの金額のことです。
この扱いには条件があります。
担保物がある債権は対象外で、不動産取引のようにたまたま行った取引の債権も対象になりません1。
また、起点は「最も遅い時」なので、停止後に得意先から一部でも支払いがあれば、その時点から1年を数え直すことになります。
前の節で、停止した日と入金の記録を残しておくよう提案したのはこのためです。
実際の処理は、顧問税理士と記録を照らし合わせて判断します。
▼ 図の内容を文字で読む
- 先取特権
- 売った動産そのものが対象
- 転売や加工で追いかけにくくなる
- 担保・保証
- 出荷再開の条件として求める
- 担保物がある債権は貸倒れ処理の対象外
- 倒産防止共済
- 8,000万円まで無利子で借り入れ
- 売掛金そのものの補償ではない
- 貸倒れの税務処理
- 取引停止などの最も遅い時から1年以上経過
- 備忘価額を控除した残額を損金経理
取引形態による制約:取適法(旧下請法)が関係するのはどんな場合か
適用対象の見方
取適法は、旧下請法を改めた法律です。
製造や修理、情報成果物の作成、役務の提供などを委託する側(委託事業者)に、支払いの期日や方法などについて守るべきルールを課しています。
規制を受けるのは発注する側です。
商品やサービスを納めて代金を受け取る売り手が、得意先への出荷を止めるかどうかの判断そのものを縛る法律ではありません。
適用されるかどうかは、取引の内容と、双方の資本金や従業員数の基準によって決まります。
自社と得意先の取引がこれに当たるかは、公正取引委員会の案内で取引の種類と基準を照らし合わせて確かめます。
得意先が委託事業者の場合
読者の会社が得意先から製造や役務の委託を受けて納めている、つまり受託する側で、得意先が委託事業者に当たる場合は、この法律が兆候の見方に関わってきます。
得意先の支払いの期日や方法が、法律の定めるルールに沿っているかを確かめられるからです。
たとえば、得意先から支払期日を大きく延ばしたいと求められたとします。
これは、先に見た支払条件の見直し要求という兆候であると同時に、取適法のルールに照らして受け入れてよい内容かを考える場面でもあります。
どこまでが認められるかは取引の内容によって変わるため、具体的な条件は公正取引委員会の案内や弁護士への相談で確かめます。
出荷を止めるかどうかは、与信枠、入金の記録、出荷の運用がそろって初めて判断できます。どこで情報が途切れているかは、自社の中からは見えにくいことがあります。
得意先ごとの入金状況と出荷の流れが、いまどうつながっているかを一緒に整理し、停止や再開を判断する材料がどこにあるかを確かめられます。無料相談で要件を整理する
要点の整理
| 軸 | 基準 |
|---|---|
| 兆候の強さ | 噂や状況の変化は見直しのきっかけ。期日を過ぎた未払いは止める根拠の候補 |
| 未回収残高 | 出荷済みで未入金の分と出荷予定分の合計を、与信枠と比べる |
| 最初の手段 | 前払いへの切り替えや与信枠の縮小などの条件変更 |
| 出荷停止の根拠 | 支払期日を過ぎた未払い(民法533条)か、契約の停止条項 |
| 解除 | 相当の期間を定めて催告し、期間内に履行がないとき。軽微な不履行では不可 |
| 記録 | 承認者、判断理由、通知の控え、停止日と入金日を残す |
| 既存の売掛金 | 先取特権、担保・保証、倒産防止共済、取引停止後1年以上経過での貸倒れ処理 |
契約条項や通知の文面は弁護士、税務の処理は税理士の領域です。一方で、停止日や入金日を確実に残す日々の運用は、自社の受注と出荷の仕組みの中で整える必要があります。 停止の判断に使う記録を、受注から出荷、入金確認までの流れのどこで残すかを、現状の業務に沿って確かめられます。
よくある質問
支払期日が来る前でも、信用不安だけで出荷を止められますか。
契約に、信用不安の事由があれば出荷を停止できるという条項があれば、それが根拠になります。
条項が無い場合、同時履行の抗弁は相手の債務が弁済期にあることが前提なので使えません。
不安の抗弁は民法に明文の規定が見当たらず、どこまで認められるかが条文からは読み取れません。
止めると出荷義務の不履行を主張されるリスクが残るため、まず前払いへの切り替えなどの条件変更を申し入れます。
止めるかどうかは弁護士と相談して決めます。
基本契約書が無い取引(注文書だけ)でも出荷を止められますか。
支払期日を過ぎた未払いがあれば、同時履行の抗弁が根拠の候補になります。
ただし、前回分の未払いを理由に別の注文の出荷を拒めるかは、両者を一つの契約の対価関係として扱えるかにかかり、議論の余地があります。
注文書だけの取引では止める根拠が狭くなりやすいため、取引を続けるなら、出荷停止・期限の利益喪失・解除の条項を含む基本契約を結ぶことを検討します。
出荷停止を口頭で伝えただけでも有効ですか。通知はどう残すべきですか。
契約書に通知の方法が定められていれば、それに従います。
定めが無い場合でも、後から伝えた内容と時期を示せないと、停止の正当性を説明しにくくなります。
理由、未払いの額と対象、支払いを求める期限、再開の条件を書面にまとめ、送った内容と届いた日を示せる方法で送り、控えを残すことを勧めます。
停止した日付は、税務上の貸倒れの期間の起点にも関わります。
部分入金があった場合、停止を続けてよいですか。
支払期日を過ぎた未払いが残っているなら、残額について止める理由は残ります。
ただし、残りがわずかな場合に停止を続けることが妥当かは、事情によって評価が変わり得ます。
通知書に再開の条件を具体的に書いておけば、部分入金のたびに判断がぶれにくくなります。
なお、税務上の貸倒れの扱いでは、最後の弁済の時も1年の起点に含まれるため、入金があった日を記録しておきます。
得意先が民事再生や破産を申し立てた後の売掛金はどうなりますか。
民法137条により、債務者が破産手続開始の決定を受けたときなどは、期限の利益を主張できなくなります。
ただ、実際の回収は手続の種類やその中でのルールに従うことになります。
先取特権や担保がある場合の扱い、他の債権者との優劣は、手続の段階や個別の事情で変わります。
申し立ての情報を得た時点で、納めた商品が得意先の手元に残っているかを確かめ、早めに弁護士へ相談します。
- 1 出典:国税庁「No.5320 貸倒損失として処理できる場合」(2026年閲覧)
- 2 出典:株式会社リスクモンスター「取引先与信の見直しをしよう!(与信管理講座 第5章)」(2026年)
- 3 出典:中小企業基盤整備機構(J-Net21)「与信管理(経営ハンドブック)」(2026年閲覧)
- 4 出典:法務省(e-Gov法令検索)「民法 第533条(同時履行の抗弁)」(2026年閲覧)
- 5 出典:法務省(e-Gov法令検索)「民法 第541条・第542条(解除)」(2026年閲覧)
- 6 出典:法務省(e-Gov法令検索)「民法 第137条・第321条」(2026年閲覧)
- 7 出典:法務省(法制審議会民法(債権関係)部会)「部会の議事概要(不安の抗弁権)」(改正前の検討)
画像の出典元
- Two professionals discussing documents in a modern and stylish office environment./Photo by Tima Miroshnichenko on Pexels