◆監修・編集責任者
B2B EC-COLUMN
この記事のポイント
- 卸売の振込手数料は、民法の原則では買手負担ですが、慣行として売手負担が広がってきました。
- 2026年1月施行の取適法により、委託取引では合意があっても差引きの扱いが変わりました。
- 完成品の売買である卸売本体の取引は、独占禁止法や大規模小売業告示で判断します。
目次
卸売の振込手数料は誰が負担するのか——原則は買手負担
卸売の振込手数料は、民法第485条の原則では買手負担です*6。しかし実務では売手負担の慣行が残ってきました。2026年1月に施行された取適法は、委託取引について合意の有無にかかわらずこの差引きを代金の減額として扱います*3。完成品の売買は対象外で、独占禁止法や大規模小売業告示で判断します。
卸売の振込手数料の負担慣行とは、民法上の原則である買手負担ではなく、売手(受け取る側)の代金から差し引いて負担させてきた商慣習です。
取適法(正式名称:製造委託等に係る中小受託事業者に対する代金の支払の遅延等の防止に関する法律、略称:中小受託取引適正化法)は2026年1月1日に施行されました。製造委託等の委託取引では、合意の有無にかかわらずこの差引きが代金の減額に当たるとされました*3。一方、完成品の売買である卸売取引は取適法の対象外であり、独占禁止法の優越的地位の濫用や大規模小売業告示で判断します*7*9。
【結論】民法の原則は買手(支払う側)負担
民法第485条本文は、弁済の費用について別段の意思表示がないときは、その費用は債務者の負担とすると定めています*6。振込手数料は代金支払という弁済に伴う費用であり、原則は代金を支払う買手が負担します。
それでも「売手負担」の慣行が残ってきた理由
民法第485条は「別段の意思表示」があれば費用負担を変えられる任意規定です。この条文構造を背景に、契約や商慣習で売手負担へ切り替える取引が広がってきました。企業取引研究会の報告書も、民法が弁済費用を債務者(発注者)負担とすることを原則としつつ、発注者が負担することが合理的な商慣習であると結論づけています*5。
2026年1月の取適法施行で、委託取引では合意も通らなくなった
令和7年法律第41号による改正で、下請法は取適法へ改められ、2026年1月1日に施行されました*2。委託取引では、契約書に合意の記載があっても、振込手数料の差引きは代金の減額として扱われる運用に変わっています*3。
委託か売買か——取適法の対象を分ける取引の型
取適法の適用を判断する最初の分かれ道は、自社の取引が「委託」か「売買」かです。ここを誤ると、後続の判断がすべてずれます。
取適法の対象は5類型の委託取引
取適法(製造委託等に係る中小受託事業者に対する代金の支払の遅延等の防止に関する法律)は、第2条で4種の委託類型を定義しています*2。製造委託・修理委託・情報成果物作成委託・役務提供委託に、特定運送委託を加えた5類型が適用対象です*1。
完成品を仕入れて売る卸売の売買は取適法の対象外
帳合取引や定番取引、特売のように完成品をそのまま仕入れて販売する売買は、この定義に当てはまりません*2。したがって卸売事業者の売買取引そのものは、取適法の対象外になります。
PB・OEMは製造委託に当たり得る
同じ取引先でも、PB(プライベートブランド、自社名で企画する商品)やOEM(相手先ブランドの生産委託)は状況が異なります。仕様を指定した受託生産は、製造委託に当たり得ます*2。取引ごとに委託か売買かを個別に確認する必要があります。PB・OEMの受託生産管理は別記事で扱っています。
資本金基準と従業員基準(300人・100人)
取適法の適用対象は資本金基準に加え、従業員基準(300人・100人のいずれか)が定められています*2。資本金基準を満たさない事業者間の取引でも、従業員数の要件に該当すれば適用対象になり得ます。
委託取引の運用変更——2026年1月から合意も通らない差引き
委託取引に該当する場合、2026年1月の施行を境に運用基準が変わりました。合意の有無が判断材料にならなくなった点が、実務上の中心的な変更点です。
改正前の運用——書面合意があれば実費の範囲内で差引き可能
改正前の下請法運用基準第4の3(1)は、下請事業者が負担する旨の書面合意を発注前の条件としていました。合意があれば、親事業者が負担した実費の範囲内で手数料を差し引いて下請代金を支払うことが認められていました*5。
改正後の運用——合意の有無にかかわらず差引きは減額に当たる
中小受託取引適正化法テキストは次のように示しています。手数料を中小受託事業者が負担する旨の合意の有無にかかわらず、振込手数料を中小受託事業者に負担させ代金から差し引くことは、本法違反として問題となるとしています*3。
根拠——第5条第1項第3号と運用基準の見直し
この扱いは、代金の減額を禁止する取適法第5条第1項第3号に基づきます*3。運用基準等は令和7年10月1日に公布・公表されました*4。
ファクタリング手数料など決済手段の利用に伴う費用も同じ扱い
企業取引研究会の報告書は、ファクタリング手数料等についても振込手数料と同様の取扱いとすべきと結論づけています*5。決済手段の選択に伴う費用も、代金の減額に当たり得る点に留意が必要です。
| 区分 | 運用基準の内容 |
|---|---|
| 改正前 | 発注前に下請事業者が負担する旨の書面での合意がある場合には、親事業者が負担した実費の範囲内で当該手数料を差し引いて下請代金を支払うことが認められる*5。 |
| 改正後 | 当該手数料を中小受託事業者が負担する旨の合意の有無にかかわらず、代金を中小受託事業者の銀行口座へ振り込む際の手数料を中小受託事業者に負担させ、代金の額から差し引くことは、本法違反として問題となる*3。 |
運用基準の改正前後の対比(出典の文言を引用)
売買取引の判断軸——独占禁止法と大規模小売業告示
取適法の対象外だからといって、振込手数料の差引きが常に問題にならないわけではありません。完成品の売買では別の法律が判断軸になります。
優越的地位の濫用としての「減額」(優越GL第4-3(4))
公正取引委員会の優越的地位の濫用に関する独占禁止法上の考え方は「減額」を整理しています。商品又は役務を購入した後、正当な理由がないのに契約で定めた対価を減額する場合がこれに当たります*7。振込手数料の一方的な差引きも、この整理に照らして検討する対象になります。
大規模小売業告示「不当な値引き」(第2項)
大規模小売業者が納入業者との取引を対象とする告示は、第2項で「不当な値引き」を、第8項で「不当な経済上の利益の収受等」を扱っています*9。振込手数料の差引きは主に第2項の枠組みで検討されます。
「取適法の対象外=問題なし」ではない
取適法の対象外である売買取引でも、取引上の地位が相手方に優越していれば、独占禁止法上の問題になり得ます*7。「委託取引ではない」ことは、差引きの是非を判断する材料にはなりません。
卸売業者は受ける側と与える側の両面を持つ
卸売事業者は、大手小売業者に対しては差し引かれる側、仕入先メーカーに対しては差し引く側という二面性を持つことが少なくありません。商慣行の是正を取引全体で捉える視点は、別記事で整理しています。
自社の取引で振込手数料の差引きがどちらの法律の対象になるか、可視化したコストを自社の数字で確かめるには、無料相談で要件を整理するのが近道です。
差し引かれる側と差し引く側——それぞれの打ち手
判断軸が定まったら、当事者としてどう動くかを整理します。差し引かれる側と差し引く側では、取るべき行動が異なります。
差し引かれる側——入金差異の記録を残し、根拠条文を示して申し入れる
差し引かれた側は、請求額と入金額の差異を記録に残すことが出発点です。委託取引であれば取適法第5条第1項第3号、売買取引であれば優越GLや告示の該当箇所を示して申し入れる形が、根拠のある対応になります*3*7。
差し引く側——仕入先への差引きを止める
差し引く側に立つ場面では、まず自社の支払プロセスを棚卸しし、委託取引に該当する仕入先への差引きを止める必要があります。取適法に違反する差引きが続けば、是正の対象になり得ます*4。支払期日を過ぎて代金の一部を留保する状態が続けば、年14.6%の遅延利息の対象にもなります*1。
取引基本契約書の「振込手数料は売手負担とする」条項をどう扱うか
委託取引に該当する条項は、合意の有無が判断材料にならない以上、条項があっても差引きの根拠にはなりません*3。契約書の見直しは、条項の削除だけでなく、請求・入金の運用と一致させる作業が必要です。契約条項の見直し方や交渉の進め方は別記事にまとめています。
歩引きも同じ構造の慣行——書面合意があっても問題となる
取適法テキストは、歩引きとしてあらかじめ合意し契約書等で書面化していても問題となるとしています*3。振込手数料の差引きと歩引きは、合意があっても是正対象になり得るという点で共通します。
振込手数料の中身——内国為替制度運営費61円の内訳
振込手数料が何の対価かを知ると、「実費相当」という説明がどこまで成り立つかが見えてきます。
内国為替制度運営費は1件61円
全国銀行資金決済ネットワーク(全銀ネット、銀行間の内国為替取引を運営する一般社団法人)は、内国為替制度運営費を1件あたり61円に改定すると発表しました*8。61円は被仕向対応コスト49円と為替事業利益相当分12円で構成されます*8。
2026年10月1日から62円→61円に改定
改定は2026年10月1日から適用され、現行の62円から61円に引き下げられます*8。取適法の施行と同じ年に、銀行間コストの水準も見直される点は押さえておく必要があります。
「実費相当」という説明が成り立つ範囲はどこまでか
全銀ネットが示す61円は銀行間で精算される制度運営費であり、各行が顧客に課す振込手数料そのものとは別の金額です。顧客向けの振込手数料は各行が個別に定めるため、本稿では特定の金額を断定しません。決済手数料全体の設計は別記事で扱っています。
受発注・請求システムの設計——契約条項・マスタ・消込を同時に直す
制度が変わっても、運用を目視や個別合意で回している限り、差引き入金は繰り返し発生します。仕組みで受け止める設計が必要です。
取引先別の手数料負担マスタを持つ
取引先ごとに手数料負担の扱いが異なる状態を運用でカバーし続けるのは負担が大きくなります。取引先マスタに負担区分を持たせ、請求金額の建て方をマスタから自動で切り替える設計が、差引きの発生自体を抑える出発点です。
差引き入金の消込差異を差異理由コードで残す
差引き入金が発生した際に、差異を雑損として処理すると、委託取引か売買取引かの区別も金額の妥当性も記録に残りません。差異理由コードを持たせて消込を処理すれば、あとから取引の型ごとに集計・点検できます。突合運用の具体的な手順は別記事をご参照ください。
制度変更をシステムの初期値で担保する
運用ルールの周知だけでは、担当者の異動や繁忙期に是正が徹底されにくいのが実情です。契約条項の区分をシステムの初期値として持たせれば、担当者の判断に依存しにくくなります。
契約条項・マスタ・請求書・消込の4点を同時に直す
契約条項だけを直しても、取引先マスタが旧区分のままでは請求金額に反映されません。4つの領域は連動しているため、同時に見直す必要があります。
この4点を内製で直すには、複数領域の知識が欠かせません。改正後の取適法・独占禁止法・大規模小売業告示の該当箇所を読み解く知識に加え、受発注システムのマスタ設計と請求・消込ルールの再設計が求められます。契約条項の点検は内製で進め、システム側のマスタ設計・消込ルールの再設計を外部パートナーと分担する進め方も選択肢の一つです。どこまでを仕組み化するかは、個別の取引条件によって変わります。
まとめ——振込手数料の負担を決める3つの判断軸
本稿では、卸売の振込手数料の負担慣行について、民法の原則・2026年1月施行の取適法・独占禁止法と大規模小売業告示という3つの法的な軸から整理しました。要点を3つに集約すると次の通りです。第一に、取引の型(委託か売買か)によって適用される法律が変わります。第二に、委託取引では合意の有無が根拠にならず、売買取引で問われるのは優越的地位の有無です。第三に、契約条項・取引先マスタ・請求書・消込ルールを同時に直したかが、制度変更への対応を左右します。
振込手数料の負担を決める3つの判断軸(順位根拠:確認する順序)
- 取引の型(委託か売買か)を確認し、適用される法律を特定します*2。
- 委託取引は合意の有無を根拠にできず、売買取引は優越的地位の有無が判断材料になります*3*7。
- 契約条項・取引先マスタ・請求書・消込ルールを同時に見直したかどうかです。
ご不明な点はお問い合わせフォームからもご連絡いただけます。
よくある質問——振込手数料の負担と取適法
契約書に「振込手数料は売手負担」と書いてあれば差し引いてよいですか。
取引が取適法の対象となる委託取引の場合、2026年1月1日以降は合意の有無にかかわらず差引きが代金の減額に当たり、契約書の記載があっても問題となります*3。完成品の売買取引では、独占禁止法の優越的地位の濫用や大規模小売業告示で個別に判断します*7。
当社の卸売取引は完成品の売買ですが、取適法の対象になりますか。
取適法の対象は製造委託・修理委託・情報成果物作成委託・役務提供委託・特定運送委託の5類型です*2。完成品を仕入れてそのまま販売する売買取引は、この定義に該当しないため取適法の対象外です*2。ただし独占禁止法の優越的地位の濫用に当たる可能性は別途残ります*7。
差し引かれた側は、差額の支払を求められますか。
委託取引で取適法違反の差引きが行われた場合、是正を求める仕組みがあります*4。売買取引でも、優越的地位の濫用に当たる差引きであれば独占禁止法の枠組みで問題になり得ます*7。
歩引きは振込手数料と同じ扱いになりますか。
取適法テキストでは、歩引きとしてあらかじめ合意し契約書等で書面化していても問題となるとされています*3。振込手数料の差引きと同様、合意の有無にかかわらず判断される点が共通します*3。
仕入先への差引きを止める場合、いつまでに対応すべきですか。
取適法は2026年1月1日に施行されており、委託取引に該当する仕入先への差引きはすでに違反の対象です*2。契約条項・取引先マスタ・請求書・消込ルールの点検が急務です。
- *1 出典:公正取引委員会「取適法リーフレット No.01」(令和7年8月)https://www.jftc.go.jp/file/toriteki_leaflet.pdf
- *2 出典:e-Gov法令検索「製造委託等に係る中小受託事業者に対する代金の支払の遅延等の防止に関する法律」(改正:令和7年法律第41号)https://laws.e-gov.go.jp/api/2/law_data/331AC0000000120
- *3 出典:公正取引委員会・中小企業庁「中小受託取引適正化法 テキスト」(令和7年11月)https://www.jftc.go.jp/toriteki/r7text.pdf
- *4 出典:中小企業庁「2026年1月施行!〜下請法は取適法へ〜 改正ポイント説明会」(令和7年10月14日)https://www.chusho.meti.go.jp/keiei/torihiki/2025/251014_01.pdf
- *5 出典:企業取引研究会(公正取引委員会事務総局・中小企業庁)「企業取引研究会 報告書」(令和6年12月)https://www.chusho.meti.go.jp/keiei/torihiki/2024/241225_1.pdf
- *6 出典:e-Gov法令検索「民法」第485条https://laws.e-gov.go.jp/api/2/law_data/129AC0000000089
- *7 出典:公正取引委員会「優越的地位の濫用に関する独占禁止法上の考え方」(平成22年11月30日制定・平成29年6月16日改正)https://www.jftc.go.jp/hourei_files/yuuetsutekichii.pdf
- *8 出典:一般社団法人全国銀行資金決済ネットワーク「内国為替制度運営費の改定について」(2025年10月16日)https://www.zengin-net.jp/announcement/pdf/announcement_20251016.pdf
- *9 出典:公正取引委員会「大規模小売業者による納入業者との取引における特定の不公正な取引方法の運用基準」(平成17年6月29日制定・平成23年6月23日最終改正)https://www.jftc.go.jp/dk/guideline/unyoukijun/daikibokouri.html
画像の出典元
- 卸売のイメージ/Photo by Kleomenis Spyroglou on Unsplash
- 取適法のイメージ/Photo by (Augustin-Foto) Jonas Augustin on Unsplash
- 運用のイメージ/Photo by Tao Yuan on Unsplash
- 受発注のイメージ/Photo by Denny Müller on Unsplash