◆監修・編集責任者
B2B EC-COLUMN
この記事のポイント
- 得意先別の費用対効果は、売上・粗利に加えて、段取り・検査・営業・配送などの対応費用を割り当てて見る
- 配賦の基準を二つ以上で試し、黒字・赤字が入れ替わる得意先は実際の段取り回数や検査回数で確かめる
- 継続か縮小かは貢献利益と、縮小で実際に減る費用を軸に判断する
- 社内改善、根拠を示した価格・条件交渉、段階的な見直しの順に進め、縮小前に契約と代わりの売上先を確かめる
- 取適法は基準に当てはまる取引で協議の機会を守るが、取引縮小の可否を決める法律ではない
目次

売上は大きいのに利益が残っているか分からない――まず見るべき数字
売上の大きい得意先ほど、特注や短納期、小ロット、クレーム対応が重なりやすくなります。
請求額は伸びていても、手元に利益が残っているのかは見えにくくなります。
売上と粗利だけを見ていると、段取りや検査、営業の手間、配送といった対応費用が全社の経費に紛れてしまうためです。
まず、こうした対応費用を実態に合う基準で得意先ごとに割り当て、基準を変えた結果も比べます。
そのうえで貢献利益を軸に判断し、社内の改善、根拠を示した価格・条件の交渉、段階的な縮小の順に進めます。
売上・粗利だけでは足りない場面
製造業で得意先ごとの費用対効果を考え始めたとき、すぐに並べられるのは得意先別の売上と、製品別の原価から計算した粗利でしょう。
この二つは請求書と原価計算から自然に集まるので、表にするのも難しくありません。
ただ、「この得意先は手間がかかる」と感じる理由は、製品一個あたりの材料費や加工時間ではなく、注文の受け方や納め方にあることが少なくありません。
たとえば同じ部品を納めている得意先が二社あるとします。
一社は月に一度まとまった数量を、決まった納期で発注してきます。
もう一社は小分けの注文を何度も出し、急ぎの追加や図面の変更も頻繁です。
製品別の原価が同じなら、両社の粗利率はほとんど同じに見えます。
しかし後者のために段取り替え、追加の検査、見積の作り直し、特急の配送が繰り返されていれば、その費用は確かに発生しています。
それが製造間接費や販管費としてまとめて計上され、全社の数字に薄く広がっていると、得意先別の表には現れません。
取引量が多い得意先ほど、この見えない費用の総額も膨らむ余地があります。
売上が大きいから利益も出ているはずだ、という見方は、対応費用を数えていない段階では根拠がありません。
逆に、利益率が低く見えるという印象だけで割に合わないと決めるのも、同じく根拠が足りない状態です。
中小機構のJ-Net21に掲載された相談回答でも、中小企業診断士が、利益率が低いことだけを理由にすぐ取引を打ち切らず、まず顧客別・商品別に原価と利益を数字で把握するよう勧めています1。
まず把握する直接費と対応費用
同じ回答では、直接費と間接費を分けたうえで、顧客対応の営業工数、配送費、個別の販促費も可能な範囲で含めるよう示されています1。
製造業に当てはめるなら、集める数字は次の三つの層に分けると整理しやすくなります。
<ul><li>得意先別の売上と、材料費・外注加工費など取引量に応じて増減する費用(変動費)</li><li>その得意先のためだけに発生している費用(専用の治具・金型・設備、専任の担当者など)</li><li>複数の得意先で共有しているが、得意先によって使う量が違う費用(段取り、検査、資材の発注、営業の訪問や見積、配送など)</li></ul>
一つ目と二つ目は、伝票や固定資産台帳、担当表から得意先にひもづけやすい数字です。
迷うのは三つ目で、ここをどう扱うかによって得意先別の利益は大きく動きます。
まずは、この三つ目の費用がどの作業から生まれているのかを具体的に見ていきます。
▼ 図の内容を文字で読む
- 得意先別の売上:請求額から集計する
- 取引量に応じて増減する費用(変動費):材料費・外注加工費など
- その得意先のためだけに発生している費用:専用の治具・金型・設備、専任の担当者など
- 共有の対応費用:段取り・検査・資材の発注・営業・配送など。得意先ごとに使う量が違う
製品原価に出ない対応費用:段取り・検査・調達・特急対応などの作業
単一基準の配賦で起きるずれ
製造間接費を製品に配るときは、直接作業時間や機械の稼働時間といった一つの基準でまとめて割り振る方法がよく使われてきました。
TKCのコラムでは、この伝統的な方法は単一の基準で間接費を配賦するため、多品種少量生産では製品ごとに使う活動が異なり、赤字の製品が黒字に見える危険があると説明しています2。
ずれが生まれる理由をたどると、仕組みは単純です。
機械時間で配ると、加工に時間がかかる製品ほど間接費を多く負担します。
ところが段取り替えは、ロットの大小に関係なく一回ごとに似た手間がかかります。
大ロットの注文なら一回の段取りの手間が多くの個数に分かれ、小ロットの注文なら少ない個数に集中しますが、機械時間の基準ではこの違いが消えてしまいます。
検査も同じです。
得意先の要求で全数検査や検査成績書の添付が必要な注文と、抜き取りで済む注文が、加工時間が同じというだけで同じ費用を負担することになります。
コラム自体は製品やサービス別の原価計算の解説です。
ただ、得意先ごとに注文の出し方や要求の水準が違う以上、得意先別に利益を見る場合にも同じずれが入り込むと考えられます。
小ロットで特急の多い得意先の費用が、手間の少ない得意先の負担として計算されていれば、前者は実態より良く、後者は実態より悪く見えます。
段取り・検査・調達・特急対応などの活動と、特注・短納期・小ロットの対応づけ
では、製造業の現場でどの作業を拾えばよいのでしょうか。
読者が日頃感じている「手間のかかる注文」の特徴から逆にたどると、拾うべき作業が見えてきます。
J-Net21の回答が挙げる営業工数や配送費も1、この中に入ります。
表の左の列は「手間がかかる」と感じる得意先の特徴で、右の列はその手間を数えるための物差しです。
物差しが金額ではなく回数や時間になっている点に意味があります。
段取り一回あたりの費用はどの得意先でも同じでも、回数が違えば負担も違ってきます。
この形にしておくと、得意先ごとの差を、誰でも記録から確かめられる数字で表せます。
もう一つ見落としやすいのが、同じ得意先のための作業が、別々の部署の費用として計上されていることです。
特急対応の残業代は製造部門の労務費に、特急便の運賃は物流費に、見積の作り直しは営業部門の人件費に入ります。
部署別の予算で見るとそれぞれ小さな数字でも、特定の得意先の注文を起点にまとめ直すと、一つの得意先に対する対応費用として意味を持ちます。
どの作業を拾うかが決まったら、次はその費用をどう得意先に割り当てるかです。
| 得意先の求め方 | 増えやすい作業 | 量を測る物差しの例 |
|---|---|---|
| 特注・仕様変更が多い | 図面の確認・設計の手直し・見積の作り直し | 図面変更の件数・見積件数 |
| 小ロット・多頻度の注文 | 段取り替え・部材の発注・受注処理 | 段取り回数・発注回数・受注件数 |
| 短納期・特急の追加 | 生産計画の組み替え・残業・特急便での配送 | 特急対応の件数・特急配送の回数 |
| 厳しい品質要求・クレーム | 追加の検査・検査書類の作成・原因調査と再製作 | 検査回数・クレーム件数 |
| 頻繁な打合せ・訪問 | 営業の訪問・資料作成 | 営業工数(時間) |
▼ 図の内容を文字で読む
- 製造部門の労務費
- 特急対応の残業代
- 物流費
- 特急便の運賃
- 営業部門の人件費
- 見積の作り直し
- 得意先の注文を起点にまとめ直す
- 一つの得意先に対する対応費用
対応費用の割り当て方:活動基準と簡易法、基準を変えた比較
三段階の手順
活動ごとに費用を集めて配る方法は、活動基準原価計算(ABC)と呼ばれます。
TKCのコラムでは、その手順を次の三段階で説明しています2。
<ol><li>活動を定義する(段取り、検査、発注など、費用を生む作業を決める)</li><li>人件費や設備費などの資源を、各活動に割り当てる(リソース・ドライバー)</li><li>活動のコストを、その活動をどれだけ使ったかに応じて製品に配る(アクティビティ・ドライバー)</li></ol>
得意先別に見る場合は、三段階目の配り先を製品から得意先に置き換えます。
たとえば段取りという活動に一年間でかかった人件費と設備費を集め、それを段取り回数の比率で得意先に配る、という流れです。
コラムでは、三段階のうち活動の定義が最も重要とされています2。
活動を細かく分けすぎると集計が続かず、粗すぎると単一基準と変わらなくなります。
前の節の表で挙げたような、得意先によって量の差が大きい作業を選ぶのが要になります。
なお、得意先に直接ひもづけられる費用は、配る必要がありません。
J-Net21の回答でも、直接費と間接費を分けることが前提になっています1。
専用治具の償却費や、その得意先だけを担当する社員の人件費は、そのまま得意先に付けます。
配賦の手順が必要になるのは、複数の得意先で共有している費用だけです。
配賦基準を変えて結果を比べる
共有の費用を配る基準について、J-Net21の回答は、売上高、作業時間、受注件数など自社の実態に合う基準を使い、配賦方法によって採算が変わる点に注意するよう述べています1。
実態に合う基準を一つに決めきれないときは、二つ以上の基準で計算して結果を並べる方法があります。
これは原典にある手順ではなく、どの得意先の評価が基準に左右されるのかを見分けるための編集部の提案です。
仮の数字で見てみます。
ある部品加工会社の得意先Aは、年間売上が6,000万円、材料費や外注加工費などの変動費が4,200万円で、差し引き1,800万円です。
Aのための専用治具の償却費と専任担当者の人件費が合わせて600万円あり、これはAに直接付けます。
得意先Bは売上2,000万円、変動費1,000万円で差し引き1,000万円、専用の費用はありません。
このほかに、段取り、検査、資材の発注、営業、配送といった共有の対応費用のうち、二社分として1,400万円を配るとします。
数字はすべて説明のための架空のもので、実在の企業や業界の平均ではありません。
Bはどの基準で配っても黒字で、利益の幅は510万円から860万円に収まります。
基準を変えても評価が変わらない得意先なので、配賦方法の細部を詰めるより、ほかの検討に時間を使えます。
一方のAは、売上高や作業時間で配ると黒字ですが、受注件数ではほぼ収支ゼロ、段取りや検査、特急の回数で配ると赤字になります。
Aのように基準によって結論が変わる得意先こそ、実際の段取り回数や検査回数、特急の件数を記録から拾い、どの基準が実態に近いかを確かめる対象です。
売上高の基準は集計が楽な反面、売上が大きい得意先ほど費用を多く負担させます。
そのため「手間は少ないが売上は大きい」得意先には厳しく、「売上のわりに手間が多い」得意先には甘い結果になります。
この設例のAは売上の割合が75%なのに対し、段取りや検査などの活動では90%を使っているので、後者の型にあたります。
売上高で配っていたあいだは、Aの手間の多さが薄まって見えていたことになります。
データ・人手が限られる場合の始め方
活動を細かく定義してすべての共有費用を割り当てるには、作業記録や工数の集計が必要です。
専任の原価管理担当がいない会社で最初から精密に作ろうとすると、一度集計しただけで続かなくなるおそれがあります。
そこで、得意先によって差が大きいと感じる活動を二つか三つに絞り、すでに記録が残っている物差しから始める方法を提案します。
手元で拾いやすい物差しには、たとえば次のようなものがあります。
<ul><li>段取り回数(生産日報や作業指示書)</li><li>受注件数・特急対応の件数(受注台帳)</li><li>検査回数・クレーム件数(検査記録や不具合報告)</li><li>配送回数(出荷記録)</li></ul>
残りの共有費用は、当面は売上高や作業時間で配っておき、絞った活動の分だけを回数で配ります。
どの程度の精度があれば判断してよいかについて、公的に定まった目安はありません。
実務では、設例のBのように基準を変えても黒字・赤字や順位が変わらない得意先は簡易な集計で判断し、Aのように変わる得意先だけを詳しく調べる、という使い分けが現実的です。
集計の手間を、判断が揺れる得意先に集中させられます。
| 配賦の基準 | Aへの配賦割合 | Aへの配賦額 | Aの利益 | Bの利益 |
|---|---|---|---|---|
| 売上高 | 75% | 1050万円 | 150万円 | 650万円 |
| 作業時間 | 65% | 910万円 | 290万円 | 510万円 |
| 受注件数 | 85% | 1190万円 | 10万円 | 790万円 |
| 活動別(段取り・検査・特急の回数) | 90% | 1260万円 | -60万円 | 860万円 |
▼ 図の内容を文字で読む
- 活動を定義する
- 資源を各活動に割り当てる
- 活動の使用量に応じて得意先に配る
粗利・貢献利益のどちらで見るか:継続・縮小の判断が変わる点
貢献利益の定義と直接固定費
前の節の得意先Aは、配り方によって赤字にも黒字にもなりました。
では、活動別の配賦で赤字になったら、Aとの取引は縮小すべきでしょうか。
ここで判断を分けるのが、どの利益を物差しにするかです。
粗利(売上総利益)は、売上高から売上原価を引いた利益です。
製造業の売上原価には製造間接費の配賦額が含まれますが、営業の工数や配送費は販管費に入るので、粗利には得意先ごとの対応費用の一部しか表れません。
しかも製造間接費は、前の節で見たように単一の基準で配られていることがあります。
マネーフォワードの会計用語解説では、売上高から変動費を引いたものを限界利益、そこからさらに直接固定費を引いたものを貢献利益と説明しています3。
直接固定費は特定の商品や事業にだけ必要な固定費で、全社共通の間接固定費は含めません3。
同じ解説では、貢献利益がプラスなら継続、マイナスなら廃止も検討するという使い方が示されています3。
限界利益と貢献利益を同じ意味で使う広い用法もあるため3、この記事では「変動費に加えて、その得意先専用の固定費まで引いたもの」を貢献利益と呼びます。
得意先別に当てはめると、その得意先のために入れた専用設備や治具・金型の償却費、その得意先だけを担当する社員の人件費が直接固定費になります。
工場の地代や共用の検査設備、複数の得意先を受け持つ営業担当の人件費は、全社共通の費用として貢献利益の計算からは外します。
ただし、特急便の運賃や特急対応の残業代のように、その得意先の注文がなければ発生しない費用は、共有の費用に混ぜず、変動費か直接費として得意先に付けておきます。
この仕分けをしておかないと、手間の多い得意先の貢献利益が実態より良く見えてしまいます。
全部配賦の赤字と貢献利益の黒字で結論が分かれる場合
Aの共有費用を配った後の利益は−60万円ですが、貢献利益は1,200万円のプラスです。
Aとの取引をやめた場合、売上6,000万円と変動費4,200万円、専用の治具や担当者の費用600万円はなくなります。
一方、Aに配っていた共有費用1,260万円のうち、工場の地代や共用の設備費のように取引をやめても残る部分は、ほかの得意先が負担し直すことになります。
仮に1,260万円がまるごと残るなら、会社全体の利益はAの貢献利益にあたる1,200万円だけ減ります。
赤字に見えた得意先を外したことで、会社全体はかえって苦しくなるわけです。
これは貢献利益の定義から導いた編集部の整理で、実際には共有費用の中にも、Aの段取りや特急対応がなくなれば減る部分があります。
段取りのための残業や、Aの検査のために増やしていた臨時の人員などです。
縮小で減る費用と残る費用を一つずつ仕分け、減る分を比較に加えると、縮小したときに会社全体の利益がどう動くかに近い数字になります。
仕分けは費用の名目ではなく、Aの注文がなくなった後に実際に払わなくなるかどうかで見ると判断しやすくなります。
反対に、貢献利益がマイナスの得意先は、取引を続けるほど専用の費用すら回収できていない状態です。
解説にあるとおり廃止も検討の対象になりますが3、すぐに打ち切るかどうかは、改善や条件交渉の余地と、契約や代わりの売上先の状況を合わせて考えます。
もう一つ押さえておきたいのは、貢献利益がプラスでも共有費用を配ると赤字という状態を、そのまま放置してよいわけではないことです。
すべての得意先がAと同じ水準なら、共通費を誰も十分に負担しておらず、会社全体では赤字になります。
貢献利益は「やめるべきか」を判断する物差しで、共有費用を配った後の利益は「今の条件で十分に負担しているか」を見る物差しです。
二つを役割で使い分けると、Aは縮小ではなく条件の見直しを検討する得意先だと分かります。
| 見る利益 | 計算 | 得意先Aの値 | 縮小の判断への意味 |
|---|---|---|---|
| 限界利益 | 売上6000万円−変動費4200万円 | 1800万円 | 取引量に応じた費用は回収できている |
| 貢献利益 | 限界利益−A専用の固定費600万円 | 1200万円 | 専用の費用も回収し、共通費の回収に寄与している |
| 共有費用を配った後の利益(活動別) | 貢献利益−共有費用の配賦1260万円 | -60万円 | 共通費の負担まで含めると不足。ただし配賦額の多くは縮小しても残る |
▼ 図の内容を文字で読む
- 貢献利益
- 「やめるべきか」を判断する物差し
- プラスなら継続、マイナスなら廃止も検討
- 共有費用を配った後の利益
- 「今の条件で十分に負担しているか」を見る物差し
- プラスの貢献利益でも赤字なら条件の見直しを検討
- 縮小しても残る費用
- 工場の地代
- 共用の設備費
- 縮小で減る費用
- 段取りのための残業
- 検査のために増やしていた臨時の人員
費用に見合わない得意先への対応:改善→価格・条件交渉→段階的縮小
社内改善を先に行う理由
J-Net21の回答では、赤字や薄利の取引への対応を、社内のコスト削減、根拠データを示した価格改定・条件交渉、取引を続ける戦略的意義の確認、受注量の縮小や納期・仕様・最低発注数量の変更といった段階的な見直しの順に進めるよう示しています1。
中小企業診断士一人による相談への回答なので、業界で決まった標準手順というわけではありません。
それでも、この順序の理由は、ここまでの数字から読み取れます。
社内改善を最初に置く理由の一つは、交渉の材料を整えるためです。
得意先Aの段取り回数が多いのは注文の出し方のせいなのか、自社の生産計画の組み方に改善の余地があるのか、回数の数字だけでは区別できません。
同じ品番の小口注文をまとめて段取りする、検査の手順を見直すといった社内の工夫で減らせる費用を先に減らしておけば、交渉で求める金額は「どうしても残る費用」に絞られます。
自社で努力した内容を説明できれば、得意先に負担を求める理由も伝えやすくなります。
根拠を示した価格・条件交渉
社内で減らしきれない分は、価格か条件で取り戻す交渉に進みます。
このとき根拠になるのが、ここまで作ってきた得意先別の数字です。
J-Net21の回答も、価格改定は根拠データを示して交渉するよう述べています1。
ただし、得意先に見せる資料と社内の判断資料は分けて考えます。
社内では共有費用を配った後の赤字や貢献利益を見ますが、配賦の比率やほかの得意先との比較を相手に見せても、交渉の材料にはなりにくいでしょう。
得意先に伝わりやすいのは、「この一年で特急対応がこれだけあり、その都度これだけの残業と特急便の費用がかかった」「小ロットの注文一回ごとに段取りがこれだけかかる」といった、相手の注文の出し方と費用のつながりが見える形です。
第2節の表で回数や時間を物差しにしたことが、ここで生きてきます。
価格を上げる以外にも、条件で費用を減らす選択肢があります。
特急対応に別料金を設ける、最低発注数量を決める、発注の締め日を設けて小口の注文をまとめてもらう、検査書類の範囲を取り決めるといった方法です。
得意先にとっては単価を据え置ける場合があるので、価格改定より合意しやすい場面もあります。
どの条件を持ち出すかは、Aの費用を押し上げている活動が段取りなのか、特急なのか、検査なのかで決まります。
受注量・仕様・最低数量の段階的見直し
交渉しても採算が改善しない場合も、いきなり取引をやめるのではなく、受注量の縮小や納期・仕様・最低発注数量の変更といった中間の手段から入るのが、J-Net21の回答で示された進め方です1。
段階的に進める利点は、途中で数字を確かめ直せることです。
たとえば得意先Aの注文のうち、特急対応や仕様変更が集中している品目だけ受注を控え、定番品は続けるという選び方があります。
このとき第4節で見たように、受注を減らした品目の売上と変動費は消えても、共有の費用は残ります。
縮小した後の月次の数字で、実際にどの費用が減り、どれが残ったかを見ながら、次の段階に進むかどうかを決められます。
縮小前に確認する契約・在庫・戦略的価値
縮小や終了を考える段階では、J-Net21の回答は、契約の解約条項、通知期間、違約金、在庫や仕掛品の扱いを確認し、合意は書面に残すよう述べています1。
専用品の在庫や仕掛品を抱えたまま取引が終わると、その分は売り先がなくなります。
貢献利益の比較とは別に、損失として見込んでおく必要があります。
同じ回答は、代わりの取引先の見込みがないまま打ち切るのは高いリスクがあると指摘しています1。
貢献利益がプラスの得意先を外すと、その分の共通費をほかの得意先で負担することになるので、代わりの売上を確保できるかどうかは採算の話そのものです。
特定の得意先への依存が高い会社ほど、見直しを切り出す前にこの見込みを固めておく意味は大きくなります。
数字に表れない取引継続の意味も確かめます1。
たとえば、名の知れた得意先との取引が自社の信用につながっている、難しい仕様への対応が技術力を高めている、将来の受注拡大が見込める、といった事情です。
こうした価値をどこまで重く見るかは会社の方針によりますが、「赤字だから外す」と決める前に、何を失うのかを言葉にしておくと判断がぶれにくくなります。
▼ 図の内容を文字で読む
- 社内改善
- 根拠を示した価格・条件交渉
- 戦略的意義の確認
- 段階的な見直し
価格交渉の前に確認する制度:取適法と価格転嫁の指針
取適法が読者の側に効く場面
得意先に価格や条件の見直しを持ちかけるとき、相手が大きな会社だと言い出しにくさを感じることがあります。
この場面で関係するのが、2026年1月に施行された中小受託取引適正化法(取適法)です。
公正取引委員会の特設ページによると、従来の下請法が取適法に改称され、価格の協議を求められたのに協議に応じない、必要な説明をしないまま一方的に代金を決めるといった行為が禁止されました4。
ただし、対象になるのは取引の当事者が資本金や従業員数の基準に当てはまる取引だけです4。
製造委託等では従業員数300人を基準とする仕組みが設けられ、資本金の基準に当てはまらない取引でも、従業員数によって対象になる場合があります4。
読者の会社が得意先から部品の製造などを請け負っていて、その取引がこの基準に当てはまるなら、得意先は委託事業者として、協議を求められたときに一方的に代金を決めないことが求められます。
ここで、得意先別に作った数字が役に立ちます。
協議を求めるときに、特急対応や小ロットにかかった費用を具体的に示せれば、話し合いの土台になります。
禁止されているのは協議や説明をしないまま一方的に代金を決めることで、求めた金額が通るかどうかはその後の交渉次第です。
取適法が決めないこと
取適法は、委託事業者が守るべき義務や禁止される行為を定めた法律です。
公正取引委員会の説明では、委託事業者の義務として、発注内容等の明示、支払期日の設定、書類の作成・保存、遅延利息の支払の四つが挙げられています5。
どれも発注する側の義務で、受注側である読者が得意先との取引を縮小するかどうかを決める法律ではありません。
得意先別の採算が合わず取引を減らしたいときに判断の軸になるのは、ここまで見てきた貢献利益と、契約の解約条項や通知期間です。
反対に、読者の会社が外注先に加工を委託していて、その取引が基準に当てはまる場合は、読者自身が委託事業者になります。
得意先別の採算を見直す流れで外注先の単価や発注量にも手を入れたくなることがありますが、その際は四つの義務に加え、協議に応じないまま一方的に代金を決めることが禁じられている点に気をつける必要があります45。
取引の縮小や停止そのものがほかの法律との関係でどう扱われるかは、取引の経緯や契約内容によって変わりうるため、迷う場合は弁護士など専門家に相談するのが確実です。
労務費指針の位置づけ
価格交渉に関わるもう一つの資料が、内閣官房と公正取引委員会の連名で策定された「労務費の適切な転嫁のための価格交渉に関する指針」です6。
公正取引委員会のページには、策定の経緯とともに、価格転嫁に関する特別調査の結果も掲載されています6。
得意先Aへの見直しで、特急対応のための残業や人員の手当てといった労務費が費用の中心になっている場合は、この指針の本文に目を通しておくと、交渉で何を示すかを考える手がかりになります。
指針がどの取引を対象にし、受注者と発注者にどのような行動を求めているかは本文で確かめたうえで、自社の交渉資料の作り方に反映させます。
| 読者の立場 | 取適法との関係 | 見直しで意識すること |
|---|---|---|
| 得意先から受注し取引が基準に当てはまる | 得意先は協議に応じず一方的に代金を決めることが禁じられる | 根拠となる数字を用意して協議を求める |
| 得意先から受注し取引が基準に当てはまらない | 同法は適用されない | 契約条件と根拠となる数字で交渉する |
| 自社の外注先へ発注し取引が基準に当てはまる | 自社が委託事業者として義務を負う | 発注内容の明示や支払期日などの義務と協議の規定を守る |
▼ 図の内容を文字で読む
- 得意先から受注する側にとって
- 協議を求めても応じず、一方的に代金を決めることが禁じられる
- 求めた金額が通るかどうかは交渉次第
- 委託事業者の四つの義務
- 発注内容等の明示
- 支払期日の設定
- 書類の作成・保存
- 遅延利息の支払
- 取適法が決めないこと
- 受注側が取引を縮小するかどうか
- 判断の軸は貢献利益と契約の解約条項・通知期間
得意先別の数字は、どの費用を専用の費用として扱い、共有の費用をどの基準で配るかによって結論が変わります。社内だけでは判断の根拠を固めにくいためです。
手元の売上・原価・作業記録から得意先別にどこまで分けられるかを確かめられます。基準を変えた比較をどう組むかも、相談のなかで確認できます。無料相談で要件を整理する
要点の整理
| 軸 | 基準 |
|---|---|
| 把握する数字 | 売上・変動費・得意先専用の費用・共有の対応費用(段取り・検査・発注・営業・配送) |
| 配賦の基準 | 実態に合う基準を選び、二つ以上で計算して結論が変わる得意先を見つける |
| 継続・縮小の物差し | 貢献利益がプラスか。縮小で実際に減る費用と残る費用を仕分ける |
| 対応の順序 | 社内改善→根拠を示した価格・条件交渉→戦略的意義の確認→段階的な見直し |
| 縮小前の確認 | 解約条項・通知期間・違約金・在庫と仕掛品・代わりの売上先・書面での合意 |
| 制度 | 取適法は基準に当てはまる取引で協議の機会を守るが、取引縮小の可否は決めない |
見直しを切り出す前に、数字と契約、代わりの売上先の見込みをそろえておくと、条件の交渉と縮小のどちらに進むかを決めやすくなるためです。 貢献利益の計算と、縮小で減る費用・残る費用の仕分けを確かめられます。得意先に示す根拠資料の形についても確認できます。
よくある質問
得意先別損益を始めるには、最低限どのデータが要りますか。
得意先別の売上、材料費や外注加工費などの変動費、その得意先専用の設備や担当者の費用の三つがあれば、貢献利益までは計算できます。
共有の対応費用を配るには、段取り回数、受注件数、特急対応の件数、検査回数、配送回数など、生産日報や受注台帳、出荷記録に残っている回数のうち二つか三つから始めると集計が続けやすくなります。
営業工数や配送費も可能な範囲で含めます1。
配賦基準を変えると赤字・黒字が入れ替わるとき、どちらを信じればよいですか。
どちらか一方を信じるのではなく、入れ替わること自体を「詳しく調べるべき得意先」の目印として扱います。
配賦方法で採算が変わる点は相談回答でも注意されています1。
その得意先の実際の段取り回数や検査回数、特急の件数を記録から拾い、どの基準が実態に近いかを確かめます。
縮小するかどうかの判断は、配賦に左右されにくい貢献利益で行います。
貢献利益がプラスでも、見直しを持ちかける価値はありますか。
あります。
貢献利益がプラスなら取引をやめると会社全体の利益は減りやすい一方で、共有費用を配った後に赤字なら、今の条件では共通費を十分に負担していません。
この場合に向いているのは縮小ではなく、特急料金や最低発注数量、発注の締め日といった条件の見直しや、根拠を示した価格改定の交渉です。
専用設備を入れた得意先の費用は、どの固定費として扱えばよいですか。
その得意先のためだけに使う設備や治具・金型の償却費は、直接固定費として得意先に直接付けます。
貢献利益は売上高から変動費と直接固定費を引いたもので、全社共通の固定費は含めません3。
ほかの得意先の製品にも使っている設備なら共有の費用として扱い、稼働時間などの基準で配ります。
得意先が取適法の対象か分からないときは、どこで確認できますか。
公正取引委員会の取適法の特設ページで、対象となる取引の種類と、資本金・従業員数の基準を確認できます4。
製造委託等では従業員数300人を基準とする仕組みがあり、資本金の基準に当てはまらなくても対象になる場合があります4。
自社と得意先の資本金・従業員数、取引の内容を手元にそろえてから照らし合わせると判断しやすくなります。
見直しを切り出して取引を打ち切られないために、先に何を準備すればよいですか。
得意先の注文の出し方と費用のつながりが見える根拠の数字、社内改善で減らした費用の説明、代わりの売上先の見込み、契約の解約条項・通知期間・違約金・在庫や仕掛品の扱いの確認です1。
いきなり価格改定を求めるより、特急料金や最低発注数量といった条件の見直しから段階的に提案すると、相手も検討しやすくなります。
打ち切られない保証にはなりませんが、話し合いの土台は作れます。
外注先に同じ見直しをする場合、取適法で何に気をつければよいですか。
取引が基準に当てはまれば、自社が委託事業者になります。
発注内容等の明示、支払期日の設定、書類の作成・保存、遅延利息の支払の四つの義務があり5、外注先から価格の協議を求められたのに応じない、説明しないまま一方的に代金を決めることも禁止されています4。
単価や発注量を見直す際は協議の記録を残し、判断に迷う点は専門家に確認します。
- 1 出典:中小企業基盤整備機構 J-Net21「利益率の低い商品や取引は打ち切るべきですか?判断基準と見直しの進め方を教えてください。」(2026年)
- 2 出典:TKC「連載コラム(活動基準原価計算)」(2026年)
- 3 出典:株式会社マネーフォワード「貢献利益とは」(2026年)
- 4 出典:公正取引委員会「取適法・振興法(特設ページ)」(2026年)
- 5 出典:公正取引委員会「中小受託取引適正化法(取適法) 委託事業者の義務」(2026年)
- 6 出典:公正取引委員会「労務費の適切な転嫁のための価格交渉に関する指針」(2026年)
画像の出典元
- Female factory worker in blue uniform operating a computer in a textile factory./Photo by EqualStock IN on Pexels