◆監修・編集責任者
B2B EC-COLUMN
この記事のポイント
- 卸売の多対多の取引構造は、価格・コード・伝票様式が取引先ごとに並存する点が1対多のECと異なります。
- EC設計では、当事者と商品の同定、価格の適用順序、業務メッセージの標準化という3つを先に決める必要があります。
- 段階導入の順序と、電子帳簿保存法が求める保存要件も、あわせて設計の前提に組み込みます。
目次
卸売の多対多の取引構造とは
卸売の多対多の取引構造とは、複数の売り手(メーカー・卸売)と複数の買い手(小売・二次卸・事業者)が相互に取引する取引の形です。同一の商品に対して、取引先ごとに価格・発注単位・伝票様式が並存します*1。
このためEC設計では、商品と取引先を一意に同定するコード、価格の適用順序、業務メッセージの標準化という3つを先に決める必要があります。本稿では、破綻しやすい5つの論点と3つの設計原則、段階導入の順序を一次情報に基づいて整理します。
売り手N社×買い手M社の組み合わせが増える取引
多対多とは、複数の売り手と複数の買い手が同時に取引する形です。売り手が1社の自社サイト(1対多)と異なり、取引の組み合わせ数が売り手数×買い手数で増えます。
組み合わせが増えるほど、同一商品に対して複数の売価・単位・伝票様式が同時に存在しやすくなります。ここを吸収する仕組みを持たないシステムは、取引先が増えるたびに個別対応が積み上がります。
1対多との違いは価格・単位・伝票の組み合わせ数
自社サイトで多数の取引先に売る1対多型のECは、価格や伝票様式をほぼ統一できます。これに対して多対多では、取引先ごとに掛率・発注単位・納品条件が異なるのが前提です。
この違いを踏まえずに1対多型のパッケージをそのまま適用すると、例外処理が運用でしか吸収できなくなり、後から作り直す事態を招きます。
いま設計論点になっている理由
経済産業省の調査によると、卸売業のBtoB-EC市場規模は2024年に128兆8,684億円(前年比6.3%増)、EC化率は40.3%に達しました*1。卸売業の総売上高は2022年323兆6,540億円、2023年323兆5,702億円、2024年319兆8,539億円と推移し、直近で減少しています*1。
同調査は、大手GMS(総合スーパー)・大手SM(スーパーマーケット)を中心に標準化が進んでいると述べています。対象は、流通BMS(流通ビジネスメッセージ標準)に代表されるEDI(電子データ交換)です。この標準化がEC化率の増加要因になっていると推察しています*1。
売上高が伸びない中でEC化率だけが先行する局面では、取引先ごとの個別対応を人手で吸収する既存のやり方が限界に近づきます。だからこそ、多対多を前提にした設計へ切り替える判断が必要です。
多対多で設計が破綻する5つの論点
多対多の取引をそのままシステムに載せようとすると、次の5つの論点で設計が破綻しやすくなります。順に確認します。
①取引先別の価格・掛率
同一商品に対して、取引先ごとに異なる売価・掛率が同時に存在します。基準価格を1つだけ持つ設計では、この並存を表現できません。
②商品コードと取引先コードの不一致
自社品番、GTIN(JANコード。商品を識別する国際標準の識別コード)、取引先が指定するコードは、それぞれ体系が異なります。コードが一致しない前提で設計しないと、受発注データの突合ができなくなります。
③発注単位・納品条件の相違
バラとケース、直送とセンター納品のように、取引先ごとに発注単位・納品条件が異なります。単位変換のロジックを持たない設計では、誤発注や欠品の原因になります。
④伝票様式と業務メッセージの相違
発注から出荷・受領・請求へと、伝票の項目は引き継がれていきます。流通BMSは、製(メーカー)・配(卸売)・販(小売)の流通三層間のビジネスプロセスをシームレスに接続することを目標としています。現在はその第一ステップとして、卸売(またはメーカー)と小売の間の取引業務を対象に策定されています*2。
発注・出荷・受領・返品・請求・支払の6業務・8種の標準メッセージを、2007年4月に「基本形Ver.1.0」として公開しました*2。伝票様式が取引先ごとに違うままだと、この引き継ぎが手作業のたびに崩れます。
⑤受発注データの保存義務
受発注データの多くは、電子帳簿保存法上の「電子取引」に該当します*6。取引先が増えるほど保存すべきデータの範囲が広がるため、多対多を前提にした設計では保存要件をあらかじめ組み込む必要があります(詳細は後述します)。
こうした個別対応のコストを自社の取引先数・例外条件で確かめるには、無料相談で要件を整理するのが近道です。
多対多を成立させる3つの設計原則
5つの論点は、次の3つの設計原則で吸収できます。原則1がコード、原則2が価格、原則3が業務メッセージに対応します。
原則1|当事者と商品を標準コードで同定する
GS1 Japan(一般財団法人流通システム開発センター)の共通取引先コードは、日本国内における企業間取引で利用できるコードです。事業者および事業所を識別するための数字6桁のコードです*3。
GS1事業者コード(GTIN(JANコード))とは別のコードである点に注意が必要です*3。自社品番・取引先コード・標準コードの対応表を先に作ることが、コード不一致を吸収する土台になります。
原則2|価格は総当たりで持たず、階層で持つ
取引先×商品の組み合わせすべてに個別の価格を持たせると、登録・保守の負荷が組み合わせ数に比例して増えます。基準価格、取引先グループ、個別例外という3段階の適用順序をあらかじめ決めておくことで、例外だけを個別登録すればよい設計になります。
原則3|業務メッセージを標準に寄せる
流通BMSは現在、基本形Ver2.2が現行版です(メッセージ別項目一覧ver2.2.2は2025年7月15日に再修正版が公開されました)*2。自社固有の伝票フォーマットを維持し続けるより、標準メッセージへ寄せたほうが、取引先が増えたときの接続コストを抑えられます。
接続方式ごとの向き不向きは、次の観点で整理できます。
| 接続方式 | 適する相手 | 論点 |
|---|---|---|
| 流通BMS準拠EDI | 標準対応済みの小売・チェーン | 流通BMSの標準仕様に合わせて設計します。現行は基本形Ver2.2です*2。 |
| Web-EDI(ブラウザ入力) | 少量・IT投資が難しい取引先 | 画面から手入力する方式です。 取引先ごとの画面差が残りやすくなります。 |
| CSV・ファイル授受 | 既存運用の継続が必要な相手 | ファイルで受け渡す方式です。 項目定義書の版管理が必須になります。 |
| API連携 | 自社基幹・WMS(倉庫管理システム)・受注管理 | システム間で自動連携します。 電子取引の保存要件との突合設計が必要です*4。 |
EC要件定義で決める7項目
3つの設計原則を、EC側の要件定義に落とすと次の7項目になります。実施順序に沿って並べています。
EC要件定義で決める7項目(順位根拠:実施順序)
- 取引先マスタ(取引先・事業所(納品先)・請求先の階層)を先に設計します。
- 自社品番と標準コードの対応表(コード変換テーブル)を持ちます。
- 価格・掛率の適用順序(基準価格→取引先グループ→個別例外)を決めます。
- 見積・承認フローの分岐条件を明確にします。
- 商品の出し分け(取引先別の販売可否・非公開商品)を設定します。
- 基幹システム(ERP(統合基幹業務システム))・WMSとの連携方式を決めます。
- 既存EDIからインターネットEDIへの移行と歩調を合わせて計画します。
この7項目を内製だけで詰め切るには、EDI・コード標準・電子帳簿保存法の3領域にまたがる知識が必要です。項目数が多いほど、取引先ごとの例外条件をどこまで標準に寄せるかの線引きで判断が割れやすくなります。
段階導入の進め方(5ステップ)
多対多の取引をいきなり全取引先で載せ替えるのは現実的ではありません。次の5段階で進めます。
ステップ1では、取引先数×商品数×例外条件を数え、どこに組み合わせが集中しているかを可視化します。ステップ2でコードの対応表を整備し、ステップ3で標準に寄せる範囲と例外として残す範囲を決めます。
ステップ4は、少数の取引先に限定したパイロット運用です。ステップ5で、取引先の規模やIT投資余力に応じて接続方式(流通BMS・Web-EDI・CSV・API)を使い分けながら展開します。
中小規模の取引先をどう載せるか
中小企業庁は令和3年度に、中小企業の受発注のデジタル化に関する委託調査を実施しました。鉄鋼、電気工事・電材卸、流通(ボランタリーチェーン)という具体的な業界の取引実態を踏まえ、受発注デジタル化の課題や推進策を検討しています*5。
あわせて令和3年度補正予算により、電子受発注システム普及促進に向けた実証調査も実施しました。NEDO(国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構)が構築する次世代取引基盤を活用し、中小企業による試験的な実証利用調査を行っています*5。IT投資が難しい中小の取引先には、初期負荷が低いWeb-EDIやCSV授受から段階的に接続するのが現実的です。
設計に織り込む保存要件(電子帳簿保存法)
多対多の取引データは、電子帳簿保存法上の「電子取引」に該当する場合が多く、設計段階で保存要件を織り込む必要があります。
「電子取引」の定義
電子帳簿保存法第2条第5号は、電子取引を「取引情報(取引に関して受領し、又は交付する注文書、契約書、送り状、領収書、見積書その他これらに準ずる書類に通常記載される事項をいう。以下同じ。)の授受を電磁的方式により行う取引をいう」と定義しています*6(2025年4月1日時点の施行版)。受発注データの授受はこの定義に該当します。
実務判断は国税庁の一問一答で確認する
個別の実務判断は、国税庁「電子帳簿保存法一問一答【電子取引関係】」(令和8年7月)で確認します*4。真実性の確保(タイムスタンプ等)、検索機能の確保、出力書面に関する取扱いが問答形式で示されています*4。
設計時に決めておくこと
多対多のEC設計では、保存対象データの範囲、検索できる状態の確保、改ざん防止の手当てという3点を、要件定義の段階で決めておく必要があります。取引先が増えてから作り直すと、既存データの移行コストが積み上がります。
まとめ:多対多のEC設計を決める3つの判断軸
本稿では、卸売の多対多の取引構造をEC設計に落とす手順を整理しました。要点は3つに集約できます。第一に、コードは自社品番・標準コードの対応表で吸収します。第二に、価格は総当たりではなく階層で持ち、適用順序を決めます。第三に、業務メッセージは流通BMSなどの標準に寄せ、電子帳簿保存法が求める保存要件を設計段階で織り込みます*1*2*6。この3つの判断軸に沿って自社の取引先数・例外条件を数えれば、要件定義に着手できます。
ご不明な点はお問い合わせフォームからもご連絡いただけます。
よくある質問
多対多の取引は1対多のECサイトでは扱えませんか。
1対多型のECは価格・伝票様式をほぼ共通にする前提のため、取引先ごとに異なる価格・単位・伝票様式をそのまま扱うのは困難です。多対多を前提にしたマスタ設計・価格の階層化・標準メッセージへの対応が必要になります。
取引先ごとの価格はすべて個別に登録する必要がありますか。
すべてを個別登録する必要はありません。基準価格、取引先グループ、個別例外という3段階の適用順序を決めておけば、例外だけを個別登録する設計にできます。
既存のEDIは残したまま、ECを追加できますか。
残したまま追加できます。2024年1月のINSネット(ディジタル通信モード)のサービス終了に伴い、同サービスをインフラとするEDIの仕組みは、インターネットEDIへの移行が進んでいます*1。移行のタイミングに合わせて、EC側の接続方式を選ぶのが現実的です。
標準コードを取得しないと多対多の設計はできませんか。
標準コードが無くても設計自体はできますが、取引先が増えるほどコード変換の保守負荷が増えます。共通取引先コードのような数字6桁の標準コードを使うと、事業者・事業所の同定を一意に保てます*3。
- *1 出典:経済産業省「令和6年度電子商取引に関する市場調査 報告書」(PDF)(令和7年8月)
- *2 出典:GS1 Japan(一般財団法人流通システム開発センター)「流通BMS」(流通BMSの概要/標準の現行版)
- *3 出典:GS1 Japan「共通取引先コード」
- *4 出典:国税庁「電子帳簿保存法一問一答【電子取引関係】」(PDF)(令和8年7月)
- *5 出典:中小企業庁「中小企業の受発注デジタル化」
- *6 出典:電子計算機を使用して作成する国税関係帳簿書類の保存方法等の特例に関する法律(電子帳簿保存法)第2条第5号
画像の出典元
- 卸売の多対多取引構造を象徴するダンボール箱の積み重ね/Photo by CPG.IO eCommerce Execution on Unsplash
- 手順のイメージ/Photo by Jakub Żerdzicki on Unsplash
- 取引先のイメージ/Photo by S O C I A L . C U T on Unsplash
- 連携のイメージ/Photo by Kirill Sh on Unsplash